さしも知らじな 2


 その時。人波から少し遅れるようにし て、ダルそうに歩いて来る人影が目についた。


 あの見慣れた歩き方……。


 ――あいつは、知ってんのかな……。


 視界の隅に散りゆく花びらを映しながら聞いた、あいつの台詞がどんなに嬉しかったか。


 そしてそれが、俺の中でどんだけ大切な『瞬間』になったか。


 一歩前に出て、声をかけようと口を開く。なのに声は出てくれず、心臓だけが煩いくらいに鼓動を刻んだ。


 俺に気付いた祐志が、驚いたように少し目を見開く。


 自分が遅れたと思ったのか、俺の前に来るまでに視線を天井から掛かっている時計へと投げかけた。


「なんだよ、早ぇじゃん」


「うん。ま……ね」


 ――だっ て。楽しみにしてたんだもん。


 いつもなら付け足す台詞は、苦笑と共に咽喉の奥で止まった。



 用事は済んだのか?


 そういや、用事って何だったんだ?



 今までなら無遠慮に訊いていた台詞も、今は咽喉にくっ付いてカタチを成さない。


 結局、俺達は無言で歩き出した。


 ……なぁ祐志。俺達って、今までどんな会話してたんだっけ?

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