忍ぶれど 7

 今更用事はなかったなんて、言えやしねぇ。


 お前は出ろよ、と指を差しながら言ってやると、徐々に弘人は、嬉しげな笑みをその顔へと貼り付けた。


「うんッ」


 どうして。そんな顔してんだよ。


 ――訳、解んねぇ。


「……じゃあ、7時! 猪名寺の駅の改札で。無理だったらメールくれ!」


「おー」


 ダルく手を上げて階段に足を踏み出す。


「それから! 俺が楽しみにしてたのは――」


 手摺りから身を乗り出すように言った弘人に、足を止める。再び見上げると、口を開いたままの弘人が、戸惑うようにその先を言えずにいた。しばらく待ってみたが、微かに動いた口からは、続きは出てきそうになかった。


「じゃ、7時にな」


 声を出せないでいる弘人を置いて、階段を下りる。




 2人で行くのだから。


 お前とだから。


 花火じゃねぇから。




 台詞の先を考えて、1人、自嘲気味に笑った。


「……んな事は」


 どーでもいいんだ。


 苛立ち混じりに髪をかき上げ、ズシリと重く感じる鞄を握り直す。


 流されてきた相沢の視線に苛ついたのはなぜだったろう。

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