しづこころなく 6

 服を着替えて足早に階段を下りる。台所を覗くと、母親が天ぷらを揚げている最中だった。俺の気配に振り返り、僅かに目を瞠る。俺が、変なカオをしていたのかもしれない。


「ちょっと待ってね。もう少しだから……」


 その顔が「どうしたの?」と問いかけている。だがそれには気付かない振りをして、「ああ」と短く返事だけを返してリビングへと移動した。


 テーブルに置いたままの携帯を持ち上げ、手で玩ぶ。もう1度弘人が電話をかけてこないかなどと思った が、かけてくる筈もなく、只ひたすら苦痛な時間が過ぎた。


「お待たせ」


 母親が小さなスーパーのビニール袋を提げて、リビングへと入って来る。


「まだ熱いんだけど、あんまり弘人君を待たせる訳にもいかないから」


 中を覗くと、キッチンペーパーを敷いた紙皿に乗った天ぷらに、更にキッチンペーパーが被せてある。


「大 丈夫なのかよ?」


 あまりに熱々過ぎて、ビニールが破けるのではないかと訝った。持ち上げて袋の底を見上げる俺に苦笑して、母親は急かすように俺の背中を押した。


「早く早く。冷めないうちに。――感想、訊いておいてね」

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