心も知らず 1

「どあーッ! もうヤダ!」


 俺は叫んで鉛筆を持ったまま両腕を振り上げた。


 夕方の美術室。春休みという事もあって、この時間まで美術室にいるのは俺と友人の磐木祐志だけだった。


 俺の後ろで油絵を描いていた祐志は、一瞬こちらに顔を向けたようだったが、黙って再び筆を動かし始めた。


「なぁーんで俺だけ、こんな意味不明のデッサンしなきゃなんないワケ?」


 昨日、美術部顧問の大城から出された課題は、窓際に並んだ筆洗い場の前に置かれた1つの空き缶。


「これを描け」


 というものだった。


「これってコレ? ジュースの空き缶?」


「うん。というより、この『風景』――窓も、洗い場も、もちろん空き缶も含めたこの風景をデッ サンして」


 目と口を弓形にして微笑う大城は、歳が28という事もあり、やさしげなと言えなくもない顔で、女子からはそれなりに人気がある美術教師だった。


「ええ~ッ! そんなんしたら、缶が2センチ位の大きさになっちゃうぜ」


「そうそう。中々理解が早い」


「俺そういうの苦手~! てか、蛇口何個あんだよ?」


「全体の陰影を捉えて。1箇所にだけ集中しないように」

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