君が読むまで告白するのをやめない

 昨日は彼女にダサいと言われてしまった。ダサいと思われているのは不味い。センスの無い男は嫌われてしまう。

 どうにかして、俺がセンスに溢れる男だということを伝えなければならない。

 それには何がいいだろうか。考えてみるが何も思い浮かばない。行き詰まった頭を切り替えるべく、家の外に出て、夜空を見上げた。その瞬間、名案を思いついた。


「月が、綺麗ですね」

「は?」


 夏目漱石がI love youの和訳として提唱したとされる言葉だ。かなり有名だとは思うが、これを実際に告白の際に口にした者はなかなかいないだろう。それをあえて使うことで、文学的センスに溢れることを伝えることができる。実に良い案を思いついた。さあ、君は一体どう答えてくれるんだろうか。


「あの、先輩」

「なんだ」

「今、真昼なんで、月なんて見えないですよ」


なんだ、そんなことか。


「そんなことは今は関係無い。ただ、夏目漱石に倣って告白してみただけだ」

「は?」


 急に後輩の目が据わり始めた。気のせいか、周りの気温が低くなった気がする。


「あれは夜に2人で散歩している時に、ふと溢れる思いを伝えたくなって、それでも照れ臭くて直接告白なんてできないから、夜空に浮かぶ月と想い人を重ねて想いを伝えようとする、日本人の奥ゆかしさを表した名文なんですよ。それを、夜でもない、月の出ていないこんな昼間に使ってしたり顔をするなんてどうかしてます。文学的情緒の欠片もないですね。夏目漱石の文学全集を1から読み直して出直してきてください」


 その日、泣きながら本屋で文学全集を注文する男がいたと、近所で話題になった。

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