4-10 クロナの選択

「――お察しの通り、人造魔剣は剣気と同時に命を燃料として使う」

 クロナに神剣『Ⅵ』を向けられたカイネは、特に躊躇するでもなく話し始めた。

「仕組みについては俺は知らないし、そもそも誰も知らないのかもしれないが、今の人造魔剣を見るにそれは多分正しいんだろうな」

「人造魔剣の剣使が死んだなら、別の剣使が使えばいいんじゃないの?」

「それは無理だ。人造魔剣の調整には時間が掛かる。早くても、ここで死んだ人造魔剣が次に安定して使えるようになるには丸一日は要るな」

 クロナは人造魔剣の構造、『人』で『造』る剣だという事を知らないようで、カイネもそれには触れず、だが順当な説明を口にした。

「なら、残りの人造魔剣は? 後何本の剣が残ってる?」

「ここの四つが死んだなら、残りも四本だ。ただ、その内二本は実用の段階じゃない」

「なら、使える二本の中に、クーリアの剣は入ってるの?」

 間を置かず問い詰めるクロナの言葉に、カイネは少しだけ目を見開くと、口元を歪めて笑みを浮かべた。

「……ああ、そうか。あれとやり合ったのはお前だったか。良く生きてたものだな」

「もう一度聞くよ。残り二本に、クーリアは入ってる?」

 カイネの軽口に対し、クロナの対応は無視。カイネの足が奇妙な方向に曲がり、その口から低い苦悶の声が漏れなければそう思ったくらいに、クロナは何の動きもなく神剣『Ⅵ』の力による制裁を加えていた。

「わかった……から、やめろ。質問には……答える」

「それも無駄口。次はないよ」

 無表情のクロナは、その整いすぎた容姿も相まってまるで無感情な人形のようで。常の彼女を知っているつもりの俺ですら、得体の知れない恐怖を感じかけた。

「……答えは、YESだ。残りの人造魔剣は二本、その内の一本がクーリア・パトスだ」

「もう一本は? どんな力の剣?」

「触れたものを溶かす、霧に似た物体の生成と操作だ」

 隠しておくべきであろう人造魔剣の力まで、カイネは一呼吸分も躊躇う素振りを見せずに答えていく。

「嘘を吐いてたのがわかったら、君を殺すよ」

 従順過ぎるカイネの様子をクロナも怪しんだか、一歩だけ詰め寄り、脅しを口にする。

「嘘じゃない。あんなものの情報なんて、ここで嘘がバレるリスクを取ってまで隠すようなものじゃないからな」

「……人造魔剣は、お前達の切り札じゃないのか?」

 カイネの言葉に感じたのは違和感。それを、そのまま口にする。

「間違ってはいないな。ただ、切り札と言えるようなものは一つだけ、その他は全てそのための実験台だ」

「それは――」

「ああ、クーリア・パトスだ。あれと比べれば、他の全てが無価値だよ」

 力なく浮かべたカイネの笑みは、どこか退屈そうに見えた。

「なら、クーリアの居場所は?」

 当然の問いを続けたのは、クロナ。

「知らないな。あれの担当はアンデラだ、情報漏洩を防ぐため、あいつともう一人、予備として情報を預かってる部下以外はクーリア・パトスについての全貌は知らされてない」

「もう一度聞くよ。クーリアはどこ?」

 再びクロナが無造作に足を折り曲げるも、カイネは痛みに呻いた後で首を振った。

「……知らないものは言えない。これ以上続けても、いつか俺が嘘を吐くだけだ」

「そうみたいだね。わかった、じゃあ君はもういいや」

 カイネの言葉を信じたようにクロナは頷き、そして奇妙な破砕音が重なった。

「殺したのか?」

 音の発生源はカイネ、傍目にはわかりやすい変化はなかったものの、長髪の剣使は白目を剥いて倒れていた。おそらく、クロナの神剣『Ⅵ』の力がどこかの骨を砕いたのだろう。

「致命傷は与えてないはずだよ。ただ、放っておかれれば死ぬだろうし、それ以前に痛みでショック死した可能性もあるけど」

 クロナの声には、カイネへの関心が一切感じられなかった。ただ相手を行動不能にするために行った事、その後がどうなろうと知った事ではないといったところか。

「……でも、困ったね。クーリアを探すのは確定としても、どこから行けばいいやら」

 どうやら、クロナはこのままクーリアの元に向かうつもりらしい。最終的な問題はさておいて、道中の戦力としてクロナは俺の望める限り最強の札だ。頼りになる事には間違いはないが、そもそも行き先がわからないという問題は力では解決しない。

「リースは放置しておくつもりか?」

 それともう一つ、四肢の内の半分を奪われ、この場で気を失ったリースの問題もある。

「だって、急いだ方がいいでしょ。君が助けたいっていうなら、考えるけど」

「俺は……」

 リースに関してのみ言うのであれば、助かってほしい。

 だが、リースの身柄とクーリアの元に向かうまでの時間を天秤に掛けるとなると、判断は難しくなる。アンデラがクーリアを使って何をするつもりかはわからないが、時間を与えるべきでないのはたしかだろう。

「……クーリアを探すしかないだろうな」

 悩みはすれど、答えを迷う事はなかった。

 そもそも、俺にはリースを助ける明確な手段もわからない。国防軍本部からの派遣部隊の元に連れていくのが無難だろうが、その正確な場所を俺は知らない。部隊を探しさまよった挙句、その後にクーリアを探してハイアット軍事都市を回るような真似は悠長に過ぎる。

 それに、ここで事が起き、そして終わった事は遠目にも明らかだ。いずれ国防軍本部からの兵が調査のために向かってくるはずで、そこで発見されるのを待つ方が、あるいはリースにとっても助かる可能性は高いかもしれない。

「誰か、来たみたいだね」

 聞こえてきたのは足音、早速国防軍本部の部隊かと思いかけるも、慌ただしいそれは人一人分のものだった。単騎での調査は考えにくい以上、クロナの取った反応は警戒。俺もそれに倣うように一応の構えを取る。

「クロナ――」

「止まって」

 物陰から現れたその影に、クロナは鋭く制止を投げかけ、その影が自身の名前を呼んだ事に気付いてか小さく目を見開いた。

「――カーラ? なんでここに?」

「知り合いか?」

「うん、仕事仲間。でも、私は――」

「クロナさん、逃げてください。ここは、ハイアット軍事都市は消滅します」

 俺の問いへのクロナの返答を遮り、カーラと呼ばれた黒髪の女は荒い息で告げた。

「何を知ってるの? どうせ兄貴の差し金でしょ、あいつは?」

「それと、シモン・ケトラトス。あなたへの伝言です」

「……俺に?」

 クロナの問いを無視、というより聞く暇もないといった様子で、カーラは言葉を続ける。

「クーリア・パトスは西部第二宿舎区画の隣、地図では司令部棟の区画に含まれているものの、実際には建物の陰に造られた小さな教会となっている場所にいます」

「……なんだって?」

「位置を記した地図を渡しておきます。今から向かえば、まだ間に合う可能性もあるかと」

 カーラから手元に潜り込まされた地図、赤い印が付けられたそれを眺めるも、あまりに急な事で理解が追いつかない。

「見せて……うん、ここなら、リースの剣で鳥を作って乗ってくのが良さそうかな」

 一方、クロナの反応は早かった。俺の手元の地図を覗き込むと、指で直線を引き順路を組み立てていく。

「クロナさん――」

「兄貴がなんて言おうと、私はシモンと行くよ」

 自身の言葉に従わないクロナを止めるためか、口を開きかけたカーラにクロナは告げる。

「死にますよ」

 だが、カーラもそれを無視して更に言葉を口にした。

「人造魔剣『回』、クーリア・パトスはあなたでも止められません。行けば、死にます」

「なら、なんでクーリアの居場所を教えたの?」

 クロナの疑問は当然だ。伝える相手が俺だとは言え、同じ場所に居合わせるクロナがそれを聞かずにいるわけがない。そして、その後のクロナの行動もまた、予想するのはさほど難しくない。

「シモン・ケトラトスにクーリア・パトスを止めさせるためでしょう」

「私で止められないのに、シモンなら止められるって事?」

「詳しい事情は私にはわかりかねます。私はナナロさんの奇剣『ラ・トナ』であの場から逃され、伝言を伝えるよう指示を受けただけです」

 自身の語る言葉の意味すらわからないままで、しかしカーラには迷いがなかった。

「可能性は、低いって事だ」

 カーラの代わりに、俺が答えを代弁してみる。

 俺はカーラの事は知らないが、ナナロの事は少しだけ知っている。その考えも、なんとなくではあるが推測できる。

「最善はクーリアが止まる事。ただ、止められる可能性はかなり低いんだろう。だからナナロは、お前にはそっちに賭けるよりも逃げて助かってほしいんだ」

「……なら、シモンは?」

「俺は所詮は他人だからな。万が一に賭けて、死んだところで構わないんだろう」

 要するに、期待値の問題だ。ナナロにとってクロナは重すぎる掛け金だが、一方で俺の価値はゼロに近い。成功率やら何やらを加味して考えれば、俺がクーリアの元へと向かい、クロナは逃げるのが最善と判断したというだけの話だろう。

「なるほどね。たしかに、あいつならそう考えかねないけど」

 クロナは納得したように頷き、口元だけで笑みを浮かべた。

「私がそれに従う必要はないよね」

「ええ、私ではクロナさんを止められませんから。……ただ、一つだけ言わせていただきますが、良く考えてください」

 指示に反するクロナの態度にも、カーラは慌てるでもなくただ真摯に言葉を紡ぐ。

「その場の感情だけでなく、何が最も自分に利する選択なのかを。ナナロさんが行けば死ぬとまで断言した場所に足を運んで、クロナさんが得られるものは何なのかを」

 そこで、初めてクロナの表情が歪んだ。

 そもそも、クロナはクーリアとの遭遇以降は撤退を推奨していた。国防軍本部からの部隊が派遣された事で風向きは変わってはいるものの、直接クーリアの元に乗り込むとなれば、結局はクロナの恐れたクーリアとの交戦となる確率が高い。

 ましてや、おそらく状況を全て知っているはずのナナロが、ただ逃げろとだけ指示を寄越した。退く選択肢のない俺と違い、クロナにとっては逃げる方が合理的なはずだ。

「……それは無理だよ、カーラ。私にとっては、自分がどう思うかが一番大切だから」

 クロナは神剣『Ⅵ』を手放すと、倒れたリースの横の聖剣『メギナの訪れ』を手に取る。

「私は、裏で勝手に動いてたナナロが許せない。だから、あいつの言う事は聞かない」

「それは――」

「それだけじゃない。人造魔剣は……魔剣に使われる剣使なんて見てられない。それに何より、やっぱりシモンを助けてあげたいしね」

 クロナが何をどう判断したのか、実際のところはクロナ自身にしかわからない。ただ、クロナの声はいつになく真摯に聞こえた。

「……わかりました。それでは、これを」

 カーラもそう感じたのか、それ以上止める事はなく、代わりに背に括り付けていた剣と鞘を、クロナではなく俺へと差し出した。

「これは?」

「あなたの剣です。それと、ナナロさんからは『僕では失敗した』と伝えるようにと」

「……なるほど、な。ふざけてやがる」

 たしかに、カーラの差し出した剣は俺の魔剣『不可断』、その鞘の中に収まっていた剣だった。俺が取り落としたそれをナナロがどういった過程で回収したのかはわからないが、その剣を差し出してきた事でナナロの言いたい事、そこから繋げてあいつの一連の思惑までが見えた。もっとも、今となってはどうでもいい事だが。

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