4-9 人造魔剣の死
「……これだから、ホールギスを相手にするのは嫌だったんだ」
吹き飛んだ空間の中、唯一原型を保っていた黒球の群れの中から、カイネと人造魔剣の二人が姿を現す。人造魔剣は双方ともに無表情のまま、カイネは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「クロナ――」
「シモン、やれる?」
俺が言葉を言い終えるよりも先に、そして自身が問うよりも先にクロナは動いていた。宙へと飛び立つ高速機動、直後に先程までいた位置を黒球が抜けていく。更に空中で弾けた爆発は、クロナと神剣『Ⅵ』の力によって彼女に届く手前で堰き止められていた。
爆風からも黒球からも直撃を受けていないクロナの口からは、しかし吐血。その原因は腹から滲み出した紅い染みにあった。
クロナは俺がここにたどり着く前、すでに空中で銀線に貫かれていた。
今思えば、あれはカイネの剣だったのだろう。神剣『Ⅵ』の力が如何に強力と言えど、伸びる剣は超常の力による防御の一切を無効化する。自動防御を展開しているクロナであっても、隙を突かれれば直撃は避けられない。
そして、強力な剣使であるクロナも、身体は普通の人間のそれと変わりなく、剣に腹を貫かれて無事でいられる道理はない。神剣『Ⅵ』は強力で汎用性の高い剣だが、流石に傷の治癒まで出来るほど万能な剣ではない。
つまり、クロナには時間がない。一刻も早く目の前の敵を片付け、傷の手当を行わなければ命すらも危うい。
「――っ」
だから、動いた。
現状、クロナを狙うのは黒球と爆風、そして伸びる剣だ。全てを捌きながら、なおかつ短時間で相手を仕留めるのはクロナにとっても困難である事は現状を見ればわかる。俺では防御への助力はできないが、目の前の敵を切る事ならできる。
「チッ――」
俺の動きを見たカイネの、あるいは人造魔剣の判断は早かった。俺の前進を迎えたのは剣ではなく黒球の群れ、面で迫ってくるそれらを突破するのは不可能で、直撃を避けるためには足を止めざるを得ない。
「行って!」
後退の一瞬前、宙からの声が横切った。同時に、黒球の群れの大半が破裂。数個残った球体は、十分に俺が切り落とせる数だった。
障害を払い進みながら、視界に入るのはカイネの動き。握った剣は宙へ向けられ、その切先が視界の端へと消えていく。それをあえて視線で追わず、俺は更に前へ。
間合いは詰まる。カイネの剣はまだ縮まない。黒球が再び俺の接近を阻もうとこちらへと動き、次の瞬間には全ての球が正反対の位置に移動。クロナの神剣『Ⅵ』の力の奔流への防御に回ると、互いの力は衝突。轟音と共に消滅と生成を繰り返していく。
隙は生まれた。これなら、届く。
「くっ――ぁ」
魔剣『不可断』、その生成した流体がカイネの肩口に触れた。流体は一切の抵抗なく肩口を縦断すると、その動きに一瞬だけ遅れて剣使の腕が根本から離れ落ちていく。
同時に、『不可断』本体を人造魔剣へと振るう。鞘は人造魔剣の剣使の片割れ、少年の手首へと直撃。脆い感触と共に破壊し、少年の手が剣を手放す。残りは一人、片割れの少女へ鞘を向けるべく手首を返したところで、これまで無表情だった少年の顔が歪むのを視界の端が捉えた。
ふと、腕が止まる。
瞬間、頭に浮かんだのは仮説。黒球を操る人造魔剣、少年と少女はずっと二人で一組だった。ならば、一人を剣から引き離した時点で、彼らは力を使えないのではないか。
だが、それは要らない仮説だ。俺は手首を返し、少女の手を破壊すればそれでいい。仮説が仮説でしかない以上、それが最善の手段だ。
つまり、俺はただ躊躇したのだ。
きっと、少女を後に回したのは失敗だった。相手が少年であれば、幼い日のクーリアと重ね一撃を躊躇する事などなかったかもしれない。
一瞬の遅れの代償は、仮説が間違っていた事の証明。少女一人が握った人造魔剣から発生した黒球、数は二人の時よりも少ないものの、至近距離で生成されたそれらは全てを切り落とすには数が多すぎる。
この期に及んでの後退は愚策、黒球を喰らいながらでも少女から剣を引き剥がそうと鞘を握る手に力を込めた瞬間、だが黒球の群れは溶けるように消えていった。手元から剣を取り落とした少女は無傷で無表情のままで、しかしその目は光を失って見えた。
「……死んだ、のか?」
剣を奪おうと伸ばした手で、少女の手首を掴む。奇妙に冷たい肌の奥には、脈動が感じられなかった。
「終わったみたいだね」
俺が人造魔剣を手に取った直後、クロナは宙から降り、地上に転がった聖剣『メギナの訪れ』を拾い上げていた。次の瞬間、『メギナの訪れ』の生成した白い膜が、クロナの腹部の傷を塞ぐように張り付いていく。
「まぁ、これでしばらくは何とかなるかな。本当はリースにやってもらった方がいいんだろうけど、この状態じゃ無理だろうし」
自身の傷の処置を終えると、クロナはそのまま白の膜を意識を失ったリースの手足へと伸ばしていく。それで失われた手足が戻るわけではないが、断面からの出血を塞ぐ事は死を遠ざけるには必須だろう。
「そっちも、片付けたのか?」
当初、クロナを狙っていた人造魔剣は四つ。逃げ場を塞ぐ荊棘の檻と、無数に生成される黒球、そして巨大な人型と爆発する橙色の球体だった。黒球の人造魔剣はこの場で無力化され、人型が崩れるのは遠目に見たが、残りについては俺は知らない。
「いや、私はどれも仕留めてないよ。でも、追撃は止まったから多分諦めたんじゃない?」
たしかに、爆発する橙色の球体を操作する本体がこの場に姿を現していなかった以上、先程までのクロナがそれを仕留める事は難しかったはずだ。だとすれば、カイネと黒球の人造魔剣が倒れた事で相手の方が諦めたと考えるのは自然ではある。
「巨人は? あれが崩れるのは、俺も見てた」
だが、クロナは『どれも』仕留めていないと言った。なら、橙の球体はともかく、巨人が崩れ落ちその後も再起する様子がないのはどういう事か。
「私も見てた。だけど、見てただけ。あれを操ってる本体は、私が手を出すまでもなく勝手に倒れて、それと同時に巨人も崩れて消えてった感じかな」
だとすれば、崩れ落ちた巨人については不可解だ。クロナが倒したわけではない、タイミング的に諦めたわけでもない、となれば他に要因が必要だ。
「やっぱり、諦めたみたいだね。ほら、檻も崩れてってる」
クロナの視線を追い、見えたのは荊棘の檻が枯れるように崩れていく様。宙へと伸びた巨大質量は崩れると同時に落下、その中にいる俺達の上へと落ちてくるも、すでに神剣『Ⅵ』を握り戻したクロナの腕の一振りで明後日の方向へと流れていった。
「――違う」
ふと、枯れ落ちる荊棘を前にして俺の中に答えが浮かんだ。
あるいは、目を逸らしていただけかもしれない。情報は最初から足りていた、そしてその組み合わせもそう難しいものではないのだから。
「ん? 何か気付いたの?」
無邪気に俺の顔を覗き込むクロナに、返答を一瞬だけ躊躇。だが、伝えるべきだ。
「人造魔剣は力を止めたんじゃない。力を使い果たして、止まったんだ」
それは、一つの推論。だが、正解である予感があった。
リースの情報によると、人造魔剣の剣使はクーリアを除き全員が実験の過程で死んだ。その理由としては、二つの可能性があり得る。
一つは暴発。自らの力の余波で死んだ。だが、自身の安全も危ぶまれるような暴発を引き起こす兵器など、危険過ぎて実用には程遠い。
だから、二つ目。おそらくは、こちらが正しい。
人造魔剣は、力を使えば死ぬように造られている。それが故意にしろ、あるいは構造上の欠陥にしろ、一定の力を用いた時点で人造魔剣の構成要素、人間である彼らは死ぬ。巨人を操る人造魔剣も、そして俺の前で死んだ黒球の人造魔剣の片割れである少女も。そう考えるのが、最も辻褄が合う。
「……そっか、なるほどね」
俺の言葉を受けて、クロナが浮かべたのは無表情。ただし、その無表情は、戦地の只中ですらどこか浮かれたように緩んでいた表情を塗り替えて現れたものだった。
「なら、答え合わせをしよっか」
無表情のまま、クロナの立てた剣の切先は、地面に転がった剣使を指していた。
「話を聞かせてもらうよ、雑兵」
「……これだから、俺は嫌だって言ったんだ」
腕を切り落とされながらも無抵抗に宙を仰いでいた長髪の剣使、カイネ・ペッツは、そう言うと鼻を鳴らして笑った。
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