4-7 目的の不一致
「それで、どこに行くつもりですか?」
拘束こそしないものの、半ば強引に俺を囲み進もうとする一団に、当然の問いを投げる。
アンデラの雷撃を受けた半身の感覚は未だ希薄ではあるものの、それでも時間の経過と共に一応は動くようになっていた。誰の肩を借りずとも、歩く事くらいはできる。
「コルテット上等兵の元に。彼女は、あなたの安否をひどく気にしていましたので」
「なるほど、リースが……」
俺の知る限り、国防軍で最も人造魔剣研究の廃止に尽力しているのは、リース・コルテット以外にはあり得ない。同じ目的のために動く国防軍穏健派も、彼女の差し金で動いているというのは道理に合っている。
疑問があるとすれば、リースはどのタイミングで助力を取り付けたか。率直に考えれば俺が囚われている間という事になるが、あの短時間で国防軍本部に連絡を取り付け今に増援が間に合うのではあまりに早すぎる。だとすれば、あらかじめどこかで援軍が来る手筈になっており、何らかの理由でそれを俺達に隠していたと考えるのが自然だろうか。
そしてもう一つ、アンデラ曰くの国防軍総司令官が人造魔剣研究の首謀者であったという言葉、そして人造魔剣研究がローアン中枢連邦の侵略に対抗するためのものだというのは事実なのか。事実だとすれば、彼らはそれを知った上で動いているのかどうか。
もっとも、前者はリースに直接問いただすべきで、後者は下手に口にする事で国防軍からの援軍が敵に回る可能性があるため、黙っておくのが賢明だろう。
「……案外、平和みたいですが」
だから、移動中に気に掛かった事を口にした。
国防軍本部からの派遣部隊とは言え、元々穏健派と過激派は対立関係。自分達の計画を無にしようとする外敵に対し、ハイアット在来軍の抵抗も十分にあり得るかと思われたが、今までのところ目立った戦闘のようなものは見受けられない。
「ハイアット軍事都市の兵の多くは、表向き以上の人造魔剣計画については知らされておらず、ただ指示に従っていただけなのでしょう」
俺との会話は主に、一団の中で唯一の女剣使が務めていた。年はリースよりも少し上だろうか、余裕にも似たどこか緩い雰囲気を纏っている。
「それに、ハイアットでの最高権力、カウネス・ボーネルンド司令官がこちらに着いて投降を促していますから。それでもなお抗おうとするのはごく一部、計画の中枢に関わっていた者だけでしょう」
そしてその余裕も、話の内容を聞けば頷ける。国防軍本部からの派遣隊に、更にハイアット軍事都市の最高司令官であるボーネルンドまでもが穏健派に着いたとなれば、すでに事の趨勢は決していると言ってもいい。
だが、それでも不安要素はある。
そもそも俺の目的は、人造魔剣の破壊でも研究の廃止でもない。ただ一人の少女、クーリア・パトスだけが俺がここに来た意味だ。国防軍穏健派が勝利を収めたとしても、その後の処遇によってはむしろ俺の目的に反する方向に転ぶ可能性もある。
本来は、引き返すべきなのかもしれない。クーリアの元に向かい、強引にでも彼女を確保する。その後で状況の把握に努め、どうすべきか判断する。できるのであれば、それが最も確実な手だろう。
そうしないのは、情報が足りていないから。俺を囲む一団を抜け、単騎でクーリアを奪還できる確率がわからない。ならば、一度リースに会い情報を得た方がいいと判断しようとして、しかしまだ迷い続けているのが俺の現状だった。
「……っ、なんだ!?」
叫んだのは、一団の中の一人、比較的若く体格のいい男だった。
声こそ上げなかったものの、俺を含む他の全員もその原因、進行方向の右手側から聞こえた轟音に視線を向けていた。音の発生源は空中で弾けた巨大な橙色の爆発、そしてその爆風を受け止める力の壁。剣使同士の戦いとしても超規模の戦闘の余波が、音としてこの場へと届いていた。
「……クロナだ」
爆煙が避けるように抜けていった空間、そこに浮かんだ顔すら見えない極小の人型に、しかし俺はそう直感した。力の量、性質ともに、爆発を防いだそれはクロナと神剣『Ⅵ』の力と類似している。
そう、正確には類似しているだけだ。影が点にしか見えない距離、それだけの情報でクロナと断定するのはあまりに尚早。
「クロナのところに行きます。リースは後だ」
ましてや、クロナかどうかもわからない影の方に向かうなど軽率と言うべきだろう。
「本気で言ってるのか? あれに突っ込むなんて冗談にもならねぇぞ」
俺の言葉に返したのは、銀盤の剣使。
それは、正論だ。クロナらしき人影を襲うのは、すでに巨大爆発だけではない。
人型へと飛ぶのは球体が二種類、一種は橙色の球体で、こちらが人型に接近すると先程の大爆発。もう一種は黒球で、こちらはとにかく数が多く、遠目には雲のように拡がり人影へと迫り続ける。加えて地上からは天を衝くような巨大な黒い人型が立ち上がり、その更に上には空を覆うように檻が展開。超規模の力四つを前にして、クロナらしき人影は回避と防御を強いられ続けていた。
銀盤も地形操作も、おそらくあそこで起きている戦闘に介入するには力不足だ。ましてや俺と『不可断』では尚更、何かができると考えるのは楽観が過ぎる。
「彼の言う通りです。あれはハイアットの切り札、人造魔剣の力でしょう。普通の剣使と剣に出せる力の規模を遥かに超えている。……クロナ・ホールギスは、また例外ですが」
女剣使も、当然の理屈で俺をたしなめる。
「なら、誰があれを止めると? ハイアットに残った戦力は、ほとんど人造魔剣だけだ。あれを止めるのがあなた達と、それに俺達の目的では?」
「人造魔剣に対抗するための布陣は、本隊が整えるでしょう。いかに人造魔剣の力が超規模とは言っても、数を束ね対策を練れば打倒は可能です」
女剣使の語るのは全てが正論、だが俺の問いの答えとしては不十分だ。
「違う。俺が止めるって言ってるのは――」
会話は元より上の空、まして視線の先で起きたそれに声が止まる。
地上から生えた細い一筋の線。それが宙に浮かんでいた人型に接し、そして直後に人型が落ちていく様が、俺の目には明確に映っていた。
「――俺は行きます。あなた達は戻ってください」
線の正体は不明、だが落ちた人型はクロナだ。まだ生きている保証はないが、放っておけばその確率は更に下がる。
「……そういうわけにはいきません。あなたの身柄を無事に確保する事も、私達に与えられた指示の一つですので」
「なら、俺を見なかった事にすればいい。それで、責任を負わずに済むでしょう」
「チッ……やっぱりダメか」
問答を先に切り捨てたのは、女剣使の方だった。
「じゃあ、力づくで連れて――」
説得を即座に無意味とした女剣使は言うが早いか剣に手を添え――その剣が地面に突き立つ前に、俺の魔剣『不可断』の横薙ぎがその手元から剣を弾き飛ばした。
「貴様――っ」
おそらく彼らにとって上官に当たる女剣使への一撃に、反応した二人の剣使――いや、直接剣で斬り掛かって来た以上、彼らの獲物は魔剣の類ではないのかもしれないが、どちらにしろ剣士と呼ぶにはあまりに微温い太刀筋を躱し、鞘の打撃で二人の右手首を順に砕く。
彼らにとっては、俺を取り囲んでいた陣形が裏目。近接戦闘ならば、剣士に対する剣使の優位は大幅に薄れる。そして、その上でなら、並の剣使相手では半身が万全でなかろうとまだ俺の方に分があった。
「くっ――」
もっとも、今の一瞬で潰せたのは三人まで。残ったもう一人は女剣使の開戦と同時に飛び退いて距離を取り、体勢を整えた上で俺への銀盤の射出を行っていた。
「――やめとけ、これじゃ無事で済まないぞ」
直径が人間の背丈を超える巨大な円盤を這うように避けながら、俺は忠告を告げる。
銀盤は側面こそ鋭利ではなく、触れたところで切断されはしないだろうが、単純に質量と速度だけで凶器としては十二分だ。直撃すれば触れた部位は骨ごと粉砕、当たりどころによっては普通に死ねる。俺を無事に連れ帰る手段としては、あまりに不適切だ。
「なら、最初からお前は無事じゃなかった事にする。それで責任を負わずに済むだろ?」
対する、銀盤の剣使の答えはそんなものだった。
「そんなわけあるか。俺が告げ口するに決まってる」
「たしかに、それもそうか」
間の抜けた納得を口にしながらも、なぜか銀盤は止まらず俺を襲い来る。
「……まぁ、生きてさえいれば大した問題にはならねぇだろ」
やがて導き出された結論は乱暴だが、俺にもそれを説得するような余裕はない。
銀盤の速度はアンデラの雷には遥かに劣り、連射性も今一つだが、相手は射出用以外にも常に三つの銀盤を自身の周りに周回させ、攻防に展開していた。接近すればそれを阻むように横からの銀盤が迫り、投擲の類も銀盤の盾に防がれるだろう。
そして何より厄介なのは、銀盤に対して『不可断』の力はほぼ無意味だという事だ。
銀盤は巨大体積と大質量を持った移動体。一部に切り込みを入れたところで、その勢いは殺せず、切断は防御の役には立たない。円盤全てを消し飛ばせれば話は別だが、少なくとも俺の握る『不可断』の力ではそれを成し遂げるのに必要なだけの流体を生成できない。
もっとも、言ってしまえばそれだけだ。
「じゃあ、お前が死ぬなよ」
腰の高さで放たれた銀盤を両手で握った『不可断』の斜めへの振り上げで逸らし、そのまま前に出る。
銀盤はあくまで大質量の物体、『不可断』の持つ超常の力を使わずとも単純に衝撃を叩きつければ動かせる。万全の状態であっても正面から弾き飛ばすような真似は難しいだろうが、適切な角度から適切なタイミングで衝撃を加えれば、逸らす事くらいは可能だ。
「なっ――そんな、魔剣を隠し持って・・・・・・っ」
「……舐めんな」
右からの銀盤は潜って回避、同時に左から来た低い銀盤は『不可断』を叩きつけて軌道を逸らす。残るもう一枚、前から迫っていた銀盤は俺の逸らした銀盤と衝突、軌道が変わり俺の進路が開いた。
「魔剣使われが、俺の邪魔をするな」
目の前の剣使は更にもう一枚の銀盤を生成しようとするが、遅い。一歩も要らない、足を擦り腕を振り抜けばそれで届く。
「っ――」
とどめへと移ろうとして、下半身に違和感。足元の土が競り上がり、足首を絡め取るようにして動きを奪っていた。視線を向ける暇はないが、原因は一つ。初撃で剣を手元から飛ばした女剣使とその剣の持つ力、地形操作だろう。剣を拾い上げての復帰を考えていなかったのは俺の甘さ、意識を奪っておくべきだったが、今となっては遅い。
目の前では、一瞬ごとに銀盤が生成されていく。この位置から進まず相手を仕留められるか――それとも銀盤への迎撃に切り替える? 足を伝う土を切断するのは難しくはないが、銀盤が放たれるまでにその対処を行う隙はあるか?
考える暇はない。反射で選んだ行動は足枷の除去、『不可断』本体とその流体で同時に両足への土の拘束を払い、そして眼前で銀盤が放たれる。
回避か、迎撃か。その両方。膝を抜いた右へと身体を移し、同時に『不可断』を下から振り上げる。
だが、結果として身体は動かず、剣も途中で停止。そして、銀盤もまた俺に届く手前で白の槍に貫かれ地に落ちていた。
「止まってください。あなた達が争う必要はありません」
制止は空中、白い鳥の似姿から身を乗り出した女兵士、リース・コルテットによるものだった。
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