4-5 瓦解


「クーリア・パトスは、君の事を憎んでいるわけではないはずだよ」

 地上へと向かう道を引き返す最中、アンデラは静かにそう口にした。

「……何のつもりだ? 俺を慰めれば懐柔できるとでも?」

「まぁ、そうだね。そうなる事を期待してないと言えば嘘になるかな」

 意図の読めない駆け引きを仕掛けてくるアンデラに対し、しかし俺の関心事は別にあった。

「ただ、口にしたのは本当の事だよ。クーリア・パトスは君達の侵入以降、ある一時を境に不審な素振りを見せ始めた。あれは、君の安否を探ろうとしていたのだと思う」

「だとしたら、どうして俺を追い払う必要がある?」

 上の空の頭が、半ば反射で当然の問いを返す。

「クーリア・パトスは、人造魔剣計画に賛同している。その破壊を目的としている君達とは対立する立場だ。争いを避けるため、逃がす事を優先したと考えるのが自然だろうね」

「馬鹿を言うな、自分が実験体にされる研究に賛同するわけがない」

 そこで、やっと関心がアンデラとの会話に移る。

 アンデラの口にした推測は、たしかに俺にとっての慰めとなりうるものだった。たしかに俺をこの場から逃がすため、あえて冷たく当たったという可能性はあり得る。

 ただ、クーリアが人造魔剣の研究に賛同しているという部分は明らかな嘘だった。

「そうでもないだろう。自分の犠牲で国が救われるのなら、それを受け入れようと思うのはおかしな事ではない」

「随分と国が大切なんだな」

「愛国心を強制するつもりはないよ。ただ、実際にクーリア・パトスはこのハイアット軍事都市においては従順だ。そうでなければ、あれほどの力を持った存在を手中に収めておく事などできるはずがない」

 それは、たしかに一つの懸念点だった。

 このハイアット軍事都市では多くの剣使を見てきたが、クーリアと人造魔剣『回』の力はそれらが束になっても敵わないほど強力で大規模なものだ。そして、俺の見たクーリアは拘束されるでもなく魔剣『回』を携えていた。クーリアにその気があれば、ハイアット軍事都市から逃げるどころか、再びその全てを滅ぼす事すら可能なはずで、それでもクーリアが未だに研究材料の立場でいるのには何か、それこそアンデラの語ったような理由が必要だ。

 そして、もう一点。アンデラの言葉には俺の持っている情報との齟齬があった。

「君がリース・コルテットからどう聞かされているか、あるいは彼女がどこまで知っているかはわからないけど、人造魔剣の研究を手放せばリロス共和国は滅亡する。クーリア・パトスもそれを理解しているからこそ、ここに残り続ける選択をしてくれたんだよ」

「……待て、逆だろう。人造魔剣の研究を続ければ、ローアン中枢連邦から警戒されて潰される。ローアンを征服するのがお前達の目的なんだろうが、リロスを救うためだけなら人造魔剣を放棄する方が確実だ」

 会話を誘導されている事には気付いていた。

 だが、だとしても聞くしかなかった。

「なるほど、たしかにそれは道理だ。ローアン中枢連邦がすでにリロスへの侵略を視野に入れていなければ、の話だけれどね」

「どういう事だ?」

「そのままの意味だよ。そもそもの発端は、ローアンに潜入した特務兵からの、リロスへの侵略計画の情報を入手した事にある。それを機にローアン中枢連邦に対抗するため発案されたのが、保留されていた人造魔剣『回』を主軸とした人造魔剣研究だ」

 それは、リースからの前情報の更に先にあるものだった。

 そもそもローアンとの対立が避けられないのであれば、国防軍にとって人造魔剣の開戦の火種としての役割は無意味となり、有力な兵器としての側面だけが残る。

「なら、どうしてその情報を軍内部で共有しない?」

 この問いすらも、アンデラの誘導の上だ。

「わかっているだろう。ローアン中枢連邦による侵略など広まれば混乱を引き起こす。事は軍内部では収まらず、国民の間にも混乱は伝わるだろう。そうなればやがてローアンも自分達の計画を知られた事に気付き、こちらの対策が整う前にと開戦が前倒しになる」

 アンデラの語ったような事態は、容易に想像できた。あくまで可能性の一つ、必ずそうなるとは限らないが、混乱が起こり情報が漏洩するまでは確実だろう。

「クーリア・パトスは、リロス共和国を守るために人造魔剣研究の礎となり、その中心である自分から君を遠ざける事で危険な目に合わせないようにした。それが、僕なりの彼女の行動への推論だ」

 アンデラの推測は、俺から見ても十分にあり得るものだった。

 もちろん、アンデラの語ったローアン中枢連邦の陰謀を前提としてのものだが、それに関しても明らかな矛盾は見つけられない。それどころか、リース曰くの国防軍過激派がローアン中枢連邦の侵略のためというものよりも、危険で非人道的な人造魔剣研究が強行された理由としては納得できるものですらある。

「ただ、僕は君を、君達を遠ざけるよりも味方に付けたいと考えている。その点に関して言うのであれば、僕はクーリア・パトスよりも君の側の人間だ」

 アンデラの一連の言葉は、全てこの瞬間のためのものだった。つまりは説得、俺達との対立を解消するだけでなく味方に付ける。実際、特にクロナとナナロの力は国防軍としては手に入れたいものだろう。そして、アンデラの提案を呑むのであれば、俺はクーリアの傍に居られる事になるかもしれない。

「アンデラ、敵襲!」

 だが、その説得が終わる前に別の声が割り込んできた。

 地下から地上へと出た瞬間、駆け寄って来たのは軍服の女。服の着こなしや髪型など女の容姿はどこか洒落た印象を感じさせるものながら、その声には余裕の無さが見て取れた。

「敵襲? ホールギス兄妹かい?」

「待った、アンデラ。彼、例のでしょ? 聞かせていいの?」

「君が問題だと思うなら対応するよ、ニナ。ただ、僕としては彼を十分な状況に置くまで待つよりも、早く話を済ませた方がいいかと思ってね」

「……まぁ、アンデラがそう言うなら」

 警戒するように短く俺へと視線を飛ばすも、ニナと呼ばれた女兵士はこのまま話を済ませる事を選択したらしい。

「襲撃の一箇所はおそらくクロナ・ホールギスだね。ただ、それとは別に三箇所、正体不明の武力騒動が起きてる」

「合計四箇所か……それは、たしかに不可解だね」

 ハイアット軍事都市への当初の侵入者は、俺を含めて四人。

 だが、その内の一人、俺はこうしてここで半ば囚われている。アンデラ曰く軍事都市に付いたリースや、生死不明のナナロ、逃走を志向していたクロナらが全員ハイアット内の別の場所で暴動を起こしたとしても、単純な数字の上ですら数が足りない。

「被害状況は? ボーネルンド司令官の指揮と正規兵では対処できないと?」

「えっと……まず、そのボーネルンドが行方不明。現状はクロウス・ペトラ一佐が指揮を取ってるけど、十分に対応できてるとは言い難いね」

「行方不明……頭を狙われたって事かな」

 集団を相手にする場合、指揮系統から狙うのは一つの常套手段だ。俺達の目的はハイアット軍事都市の殲滅ではないものの、初対面で俺が剣を抜いたように総司令官という立場は情報源としても魅力的ではある。

「被害状況は、クロナのいる研究所区画が最大で、建造物がほぼ全滅。現状では手を付けられないから兵士の投入も中止してる。その他の場所は被害規模としてはそれほど大きくはないけど、何より情報が足りてない。そんなわけで、こっちも二の足を踏んでる」

「なるほど……それは、まずいね」

 ニナの報告からは事の全貌は見えてこないが、その事自体がハイアット軍事都市にとっては厄介極まりない事実だ。誰が始めた事かはわからないが、その誰かは余程手の込んだ策を用いているらしい。

「ただ、どうあれクロナ・ホールギスを放置するわけにはいかない。他の箇所へと偵察を送りながら、まずはクロナを叩くべきだろう」

「それが狙いで、クロナは陽動って線は?」

「おそらくはそうだろうね。だとしても、あれを放置するのは危険過ぎる」

 俺を含めた侵入者の目的は人造魔剣であり、ハイアット軍事都市の壊滅ではない。アンデラ達がそこまで知っているかどうかはともかくとして、一応は潜入という形を取っていた侵入者が大々的に暴れ回っているとすれば、注意を引くための陽動と考えるのは当然だ。

 だとしても、アンデラの言う通りクロナは放置できる相手ではない。クロナと神剣『Ⅵ』の力なら、邪魔が入らなければいずれハイアット軍事都市を更地にする事も不可能ではないだろう。

「じゃあ、どのくらい戦力を割く? 少なくとも、二組は要ると思うけど」

「可能なら、四組は欲しい。戦力を向けるからには、確実に仕留めておきたい」

「四組ね。アンデラは行ける?」

「僕は……あれを準備する。ただ、『鵺』はカイネに預けてあるから、彼を使うといい」

「わかった。じゃあ、後で」

 会話を終えるや否や、ニナは踵を返すと早足でこの場を去っていった。それだけ、今のハイアット軍事都市に余裕はないという事だろう。

「…………」

 短く、残された俺とアンデラの間を沈黙が支配する。

 これは、探り合いだ。

 そして、この状況が発生した事実が互いにとっての答えだった。

「――っ」

 奔ったのは、放雷。

 短い光に遅れて向かってくるそれに、俺は魔剣『不可断』の腹を合わせて防御。同時に前進で距離を詰める。

「!」

 警戒はしていたのだろう。だが、それでもアンデラの目に浮かんだのは驚愕だった。

 手錠に腕を拘束され、持ち合わせた道具は辛うじて鞘のみ。そんな状態に置かれた俺が一瞬にして手錠を外し、自らの聖剣『アンデラの施し』による一撃を捌くなんて事は、仮に想定していたとしても予想外であったのは間違いない。

 だから、アンデラの対応はわずかに遅れた。それでも、その手の剣は俺の魔剣『不可断』の刺突の軌道へと割り込み――切断。一切の抵抗なく断ち切られた剣は防御の役目を果たさず、辛うじて回避しようとしたアンデラの右腕は根本から切り離された。

「……ッ、あァ!!」

 片腕を失いながらも、アンデラは死を回避。俺の追撃は、目の前で弾けた雷の壁に足止めされ、互いの間に距離が生まれる。

「それが……君の剣か」

 アンデラの視線の先には、俺の右手。そこに握られたものが俺の奥の手である事に、アンデラも気付いていた。

 魔剣『不可断』。

 だが、それは剣ではない。

 鞘の形をした魔剣。それが、俺の魔剣『不可断』の正体だった。

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