3-8 選択の意味

「――逃げる、って?」

 事の経緯を問う俺とリースに、クロナの返した第一声は撤退の提案だった。

「そう、逃げる。私達に――いや、多分誰にも人造魔剣の破壊は無理だよ」

 似合わない弱音を吐いたクロナの声は、真剣そのもので。

「何があった? 君達は人造魔剣を見つけたのか? それに、ナナロ氏はどこに?」

 リースも焦っているのか、矢継ぎ早に問いを投げ続ける。

「兄貴は消えた。どうなってるかはわかんないけど、探してる余裕はないからそのまま捨てて来たし、このまま置いて逃げるつもり」

「消えた? それは――」

「私達は人造魔剣に、その所有者のクーリア・パトスに会った。ナナロが消えたのも、私が追われてるのも、あの子が暴れた結果っていうのがわかりやすいかな?」

 リースの問いを遮り、クロナが口にしたのはクーリアの名前だった。

「……いたのか? クーリアが?」

「うん、いた。あの子でまず間違いないと思う」

 一部ではあるが、以前にクロナにはクーリアの特徴を告げてある。そのクロナが断言する以上、おそらく誤解ではないのだろう。

「クーリアはどこにいて、どっちに向かった?」

「いや、言わないけど」

「ふざけてる場合じゃ――」

「だから、さっき言ったでしょ。逃げるって」

 詰め寄る俺とは対照的に、クロナは奇妙なほどに冷静だった。

「この程度で済んでるのは今の内だけで、すぐにこの軍事都市全体が敵になる。今の内に逃げておかないと、私でも生きて帰れる保証はない……っていうか、本気で来られたらまず間違いなく死ぬよ」

 地上から放たれる炎に氷槍、銀色の流体や謎の直方体を神剣『Ⅵ』の力でまとめて一掃しながら、クロナは危機感を口にする。

 今のところは片手間の防御でも十分無事で済んでいるが、流石に軍事都市全体を敵に回しては分が悪いのだろう。そもそも、クロナが労せず振り払っている現状の遠距離攻撃の群れすら、俺にしてみれば十二分に脅威的な威力であり量だった。

「それに、クーリア・パトスは諦めた方がいい。これはあの子からの伝言でもあるし、私自身もそう思う」

「クーリアと話したのか?」

「ちょっとだけ、ね。でも、説得はできなかった。あの子はここで人造魔剣の剣使を続けるつもりで、シモンに会うつもりもない」

「……そう、か」

 クロナの言葉は、おそらく真実だろう。

 今のクーリアについて、俺はほとんど何も知らない。どんな物の考え方をするのか、なぜ人造魔剣の剣使をやっているのか。そんなクーリアが俺に会う事を拒む理由など、可能性としてはいくらでもある。

「そもそも、なぜ君はナナロ氏を捨ててまで撤退すべきだと思った?」

 クーリアと俺の関係を知らないリースは、疑問の表情を浮かべながらもまずはクロナの言葉の根拠を問う。

「逃げる理由は一つ、ここに残っても目的が達成できないからだよ。クーリア・パトスの持つ人造魔剣を破壊できる剣使なんて存在しない。あれは……強すぎる」

「だとしても、不意を突くなり何か手はあるのでは?」

「まぁ、否定はしないよ。やりたければやればいいんじゃない? ただ、成功率はかなり低いし、私は降りるってだけの事だから」

 集団の一人としての提案ではなく、クロナはすでに自身の撤退を決めていた。やるなら後は勝手に、といったところか。

「……勝算は薄い、か。玉砕に意味はない、それならせめて人造魔剣についての情報を持ち帰り、信頼できる穏健派の上官を探し当てるのが現実的な方策、なのだろう。それに、仮に成功したとしても――」

 クロナの言葉を受け、リースの意見も撤退へと傾く。潜入は失敗、依頼したホールギス兄妹も両方共に戦力にならないとなれば、やむを得ない選択というべきか。

「逃げるなら、行き先を変える必要があるな。山の中、蒸気移動車を隠してきた場所まで一直線に向かうべきだろうか」

 今の俺達の進行方向は、クロナと再開するまでと同じく西。とにかく軍事基地を出る事が目的なら方角はどちらでもいいが、蒸気移動車とそこに置いてきたいくらかの荷物を回収するなら、南側に位置する山岳部まで向かう必要がある。

「まぁ、そうだね。じゃあ、新しいの出せる?」

「もちろん。今度のは速度を上げる、振り落とされないよう気をつけてくれ」

 リースの聖剣『メギナの訪れ』は自在な形状の物体を自在に操るが、操作についてはあくまで先出しだ。つまり、物体は生成と同時に設定した動きをなぞるだけで、その時々で自在に動かす事ができるわけではない。リースが進行方向を変えるには、今の俺達が乗っているのとは別の鳥の似姿を再び作り出す必要があった。

「よし、乗ろう。止まっているのは数秒、すぐに南に向けて飛ぶ」

 聖剣『メギナの訪れ』から発生した白色の流体が瞬く間に鳥の似姿を形取り、リースがその上へと飛び乗る。

「……どうした? 二人とも、急がないともう――」

 そして、それに続かない俺達へと疑問を口にした。

「俺は、ここに残ります。まだやり残した事がある」

 こちらを向いたリースとクロナ、二人の視線を受け止め答えを返す。

 この展開は、ある意味で俺にとっては好都合だった。移動手段である鳥の似姿が二つに増えれば、その内の一つを俺が使ったところで問題はない。戦力が減るのは痛手だが、二手に分かれば軍の注意も分散される。

「何を――」

 リースの困惑の声は、彼女の乗る鳥の似姿が動き出すと同時に離れていく。

「……やっぱり、そんな気がしてたんだよね」

 そして、依然として変わらない距離からの声。撤退を自ら提案したクロナはリースと共に逃げる事はせず、俺の元に残っていた。

「逃げるんじゃなかったのか?」

「もちろん、逃げるよ。君を連れて、ね」

 どうやらクロナは、リースを追い払うために嘘を吐いたというわけではないらしい。ただ純粋に、全員での撤退が目的だという事か。

「言っただろ、俺は逃げない」

 だが、それは俺の目的とは相反するものだ。

「私も君の事情を全部知ってるわけじゃないけど、せめて次を待つべきじゃない? わざわざ軍と真っ向から戦う必要もないでしょ」

 クロナの言葉は正しい。元々、俺達は身分を偽ってハイアット市に潜入した。それはつまり、そうしなければ勝算が低すぎたからだ。

「次がある保証はない。機会があるなら、今に賭ける」

 だが、今を逃せばおそらく、次に俺がクーリアに近付く機会はない。居場所を突き止める事すらできない可能性がほとんどだろう。

「死ぬよ?」

「覚悟の上だ」 

 クロナの忠告通り、行けば俺は死ぬ。魔剣『不可断』とそれを持つ俺には、数十人をまとめて吹き飛ばすような力も、兵士の山を無視して戦地から離脱できるような便利な性質もない。国防軍の基地に単身飛び込んで生きて帰れる可能性は零に等しい。

 だが、だからと言って勝算がないわけではない。俺が死ぬとしても、その前に目的を達成する事ができればそれでいい。

「……一つ、聞き忘れてた事を聞いてもいいかな?」

 俺の視線を真っ向から受け止めず、どこか躊躇うようにクロナはそう切り出した。

「君は、クーリアに会ってどうするの?」

「俺は――」

 答えを口にしようとして、声が止まる。それを見計らっていたかのように、クロナは更に言葉を続けた。

「――命を賭けてまで、シモンは自分の故郷を滅ぼした相手に会う必要があるの?」

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