3-7 人造魔剣の力

 クロナ・ホールギスにとって、それは人生で三度目の体験だった。

「……参ったね、これは。うん」

 つい一秒前までの墓地、今は一面の更地となった空間の中で、クロナは力無く笑っていた。

「――耐えたんですか?」

 相対するのは軍服の少女、クーリア・パトス。無表情に問うクーリアこそが、墓地を消し飛ばした張本人だった。

「まぁ、私だからね」

 胸を張って言い放った言葉は、完全に虚勢。

 クーリア・パトス、あるいは人造魔剣、もしくはその両方の脅威を、クロナはその一瞬で十二分に体感していた。

 文字通り、一瞬。風景が掻き消えるのに要した時間は、ほんのそれだけで。クロナがそれに気付き、神剣『Ⅵ』の力で抗うまでのごく僅かな間だけで、クロナの身体は人間で五人分ほどの距離を吹き飛ばされていた。全方位が見渡せる更地の中に姿がない事から、ナナロはおそらく力に抗えず消え去った風景の一部となったのだろう。

 もっとも、墓地を更地に変えるだけなら、クロナと神剣『Ⅵ』にも不可能ではない。問題なのは、それまでに要する時間だ。結果が破壊なら、それに要する時間と力は大まかに反比例の関係にある。つまり、零に限りなく近い時間で空間を破壊したクーリアと人造魔剣の力は、限りなく無限大に近しい。

「私だってこうして生きてるんだから、シモンが生きててもおかしくないんじゃない?」

 真っ向勝負は勝算が薄いと判断し、クロナは言葉での説得を試みる。

 クーリアが剣に手を掛ける引き金となったのは、クロナがシモンの生存を口にした事だった。それを否定するクーリアの言葉が聞こえた時には、クロナの周囲の風景はすでに消え去っていた。

「……そうかもしれませんね」

 ほんの少し、クーリアは迷うように言葉を選ぶ素振りを見せた。

「なら、もしそうだとしたら、シモンに伝えてください」

 そして、クロナに背を向け、鍔のない剣を握り直して続きを口にする。

「私の事は忘れるように、と」

 瞬間、風景が霞んだ。

 身体を襲う奇妙な浮遊感に、クロナは即座に握った剣の力を喚起。神剣『Ⅵ』の力は単純にして万能、文字通りの『力』だ。クロナの適性により膨大な量となった力の奔流は、あらゆる物体、現象を押しのけ、変形させ、そして破壊する。

 だから、クロナの足が地を離れ宙に浮いていた理由は、純粋にその力の量で劣っていたからでしかない。性質としてはおそらく類似、共に『動かす力』だが、クーリアと人造魔剣の力はクロナと神剣『Ⅵ』のそれを大きく上回っていた。

「……っ」

 高速で宙を吹き飛ぶ最中、身体に掛かる力がふと弱まった事を感じ、クロナは神剣『Ⅵ』の力の流れを変化。飛ばされる身体に逆方向からの力を加える事で勢いを殺し、更に上方向の力で身体を浮かせて落下を阻止。空中で完全に停止し、そのまま緩やかに着地する。

「これは……ちょっとまずいかな?」

 どれほど移動しただろうか、クーリアの姿はすでにクロナの視界にはなく、しかし周囲の光景は先程とそれほど変わらない惨状。強いて言うなら、転がる瓦礫の数と大きさが増していた事、そして周囲の人影が増えていた事くらいだ。

「だ、誰だ!? お前は……何者だ!?」

 四方から聞こえる声は、警戒と恐怖、そして困惑と疑問の入り混じったものだった。

 クーリアの力で吹き飛ばされている最中、クロナは神剣『Ⅵ』の力を自身を襲う力に抗うためではなく、周囲の障害物を弾き飛ばすために使っていた。建造物であれ木であれ、あるいは他の何であっても、超高速で身体を叩きつけられれば無事では済まない。

 よって、進行方向上のあらゆるものを無差別に吹き飛ばす事で、クロナは物体との直撃を避け身を守る手段を選んでいた。

 もっとも、それが安全に繋がるのはクロナ自身にとってのみ。傍から見れば、クロナは超高速で軍の施設を破壊して回る危険物に見えていたはずだ。現状を鑑みるに、墓地の損壊もクロナの手によるものと判断されるだろう。

「まったく……やってくれるね」

 弁解はまず不可能、となればすでに選択肢は絞られている。

「動くな! お前にはそこで――」

「ああ、それ無理。私、急いでるから」

 惨状を聞きつけたのか、急速に増え続ける疑似的な包囲を意に介せず、クロナは悠々と一歩を踏み出す。

「……っ、止めるぞ! 殺しても構わない!」

 兵士達の判断は早かった。四方から剣が抜かれ、氷槍に爆裂、鉛色の流体に四足獣を象った炎が同時にクロナへと放たれる。

「だから、無理だって」

 だが、それらはクロナの身体に届くはるか手前で動きを止めると、向かって来た方向へと速度を増して反転していった。

「余計な事はしない方がいいよ。私に勝てる剣使なんていないんだから」

 足元から生えてきた土の杭を即座にへし折り、それを発生させた兵士を一瞥。瞬く間に彼方へ飛んでいった兵士を眺めながら、同時に背後から接近していた小柄な兵士には背を向けたまま、剣の力だけを向けて横回転させ吹き飛ばす。

 神剣『Ⅵ』の力は、単純ゆえに著しく汎用性が高い。大抵の超常の力を相手に力比べの土俵に持ち込む事のできる純粋な力は、剣の力を引き出す能力に長けたクロナの手元にある事で、相手が複数人であろうと造作もなく全て真正面から叩き伏せる、圧倒的なまでの暴力と化していた。

「……早く、逃げないと」

 だからこそ、クロナは自分を歯牙にもかけない力を持っていたクーリア・パトスと人造魔剣の異常さを誰よりも理解してしまっていた。

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