1-8 依頼と決意
「依頼、受けてくれない?」
「帰れ」
否定の言葉は、反射的だった。
「なんだ、お前はそんなに暇なのか? それとも俺に恨みでもあるのか?」
「いやいや、暇じゃないからこうして依頼に来たんだよ」
もはや体感的には顔馴染みにすら感じ始めた女、クロナは飄々とそんな事を口にする。
魔剣を真っ二つにされてショックを受けた様子を見せていたのがまだ昨日の事、それから丸一日も経たずに俺の店に顔を出せる神経には、いっそある種の尊敬すら覚えそうになる。
「わかった。ただ、それなら今回からは相談料をもらう。依頼に応じる、応じないにかかわらず一万だ。それでいいなら、与太話でもなんでも付き合ってやる」
「いいよ、はい」
クロナの精神状態はともかく、現実的に金を持ち出せば怯むだろうとの予想は、一切の躊躇無く机の上に投げ出された高額紙幣により裏切られる。
「……お前、そんなに寂しいのか?」
法外な金額を要求したというわけではないが、それでも暇潰しに支払うには中々の高額のはず。少なくとも俺なら、ただの話し相手に払うには躊躇する。
「だから違うから! 一応、今回は真面目に依頼に来たんだから、そっちもそれなりに対応してくれないかな」
友達のいない不憫な女を気遣った言葉は、軽く睨まれ嗜められてしまう。これまでのクロナを見てきた身としてはどうも釈然としないが、金まで払って表面だけでも客を装われては、たしかにこちらも真面目に対応する必要がある。
「それでは、今回はどのような依頼で?」
「ああ、だからって、別に畏まらなくってもいいよ。普通に接してくれた方が楽だしね」
微妙に難しい要求を前置きに、クロナは彼女らしくもなく手早く本題を切り出す。
「君に頼みたいのは、ある魔剣の破壊。まぁ、それだけだと説明不足かもだけど」
「魔剣の破壊?」
後付の言葉も気にはなったが、それよりまずは依頼内容だ。
「それは、やっぱりお前の兄のか?」
「違う違う、あれは冗談……でもないけど、今は関係ないから」
「だとしたらなんだ? そもそも、魔剣なんて壊すくらいなら売っ払いでもした方がよっぽど金になるだろ」
「それを君が言うかなぁ」
クロナの指摘には自覚があるため、顔を苦々しく歪めざるを得ない。
希少であり人の手による製造も不可能とされる超常の剣は、モノによっては家の買える値かそれ以上で取引される事もあると聞く。一時の勢いに任せてそんなものを切り落とした先日の自分の行動は、あまり思い返したくはない。
「まぁ、君の例は置いておくとして、その魔剣っていうのがどうも普通の剣じゃないみたいなんだよね」
「普通の魔剣ってのも変な話だけどな」
俺の相槌には反応せず、クロナは話を進める。
「人造魔剣、って聞いた事ある?」
「人造……か。概念としては、程度だな」
超常の剣とそれを操る剣使が戦場を牛耳るようになって以降、剣の収集は各国の最大の関心事の一つとなった。同時に、現時点では数の限られている魔剣の類を『人造』するという考えが生まれるのは流れとしては当然の事だ。
ただし、魔剣の類については、力の正体からその生み出された過程まで、未知の部分が大半を占めている。よって研究は難航し、いまだに取っ掛かりすら掴めていないはずというのが大半の人々の認識だろう。
「君に壊してもらいたいのは、その人造魔剣ってやつなんだよね」
しかし、クロナは平然とそんな言葉を投げかけてきた。
俺に限らずとも、誰にも存在しないものを壊す事はできない。つまり、破壊を依頼するという事は、人造魔剣はすでに存在しているという事になる。
「仮にその話を信じるとして、つまりお前が言いたいのは俺にどこぞの国の研究成果の破棄か何かに手を貸せって事か?」
「あー、たしかに、そういう事になるのかも」
「……勘弁してくれ。そんなスケールの依頼は一介の『なんでも切る屋』の手には余る」
正直なところ、すでに俺はクロナの話について真面目に考える事をやめていた。
話自体が信じ難いのはもちろんだが、もしそれを事実だと仮定した場合でも、そんなあからさまに面倒で胡散臭い依頼を受けるわけがない。どうせ受けない依頼の話なら、本当だろうが嘘だろうがどうでもいい。
「まぁ、だよねー。普通なら、こんな依頼は条件を聞くまでもない」
「悪かったな、普通で」
「一応聞いておくけど、君が協力してくれなかったら数万人か、もしくはそれ以上の単位で人が死ぬとしたら?」
「だから、それが手に余るって言ってるんだよ」
世間話の調子で圧を掛けてくるクロナを、手を振って払いのける。話を聞かされ、巻き込まれて当事者になるのは御免だ。どこかで数万人が死ぬなら、俺は部外者でいたい。
「やっぱり、こんな事で説得されるのはうちの兄貴くらいか」
「もういいだろ。金を貰ってる以上、話したいなら聞いてやるけど時間の無駄だ」
「別に、私は君と話せるならそれだけで時間の無駄だとは思わないけど」
軽々と吐かれた恥ずかしい台詞への思案の間もなく、クロナは更に言葉を続ける。
「シモン・ケトラトス。第五十七回リロス統一剣術大会を歴代最年少の十四歳で優勝した天才剣術使いと話せるなら、それだけでお金を払ってもいいくらいだよ」
それは、たしかに紛れもない俺の経歴の一つではあった。
「わざわざ俺について調べたのか? 気持ち悪いな」
もっとも、その御大層な肩書は、残念ながら俺の知名度には繋がらない。かつては隆盛を極めたというリロス統一剣術大会も、今の剣使の時代では全盛期の数百分の一ほどの規模にまで縮小しており、その優勝者が殊更に世間で囃し立てられる事もなくなっていた。初対面の時や初めて俺の名前を聞いた時の様子からしても、クロナもその肩書には調べてみて初めて辿り着いただけだろう。
「まぁ、そう言わないでよ。一応、それが君のためになるかもしれないんだから」
「俺のため?」
「そうだよ。旧ハイアット市を実質支配していたケトラトス家の長男にして、全壊したハイアットの生き残りの内の一人。君と私は、利害が一致するかもしれない」
クロナが重ねて口にしたそれも、俺の経歴の一つで。
「クーリア・パトスの名前は、君にとって価値があるかな?」
そして、その名は俺にとっての唯一だった。
「何が言いたい?」
だからこそ、それは逆鱗でもある。
腕は無意識に腰の剣に伸び、体全体が居合の構えを取る。
「やっぱり、当たりだった?」
対するクロナは言葉とは裏腹にどこか意外そうな顔で、何度か小さく頷いた。
「じゃあ……うん。クーリア・パトスは生きてるよ」
「――それは、本当か?」
クーリア・パトスは、俺にとっての唯一だ。彼女が喪われた事で、それは絶対になった。
「うん、私の知ってる限りではね」
しかし、そんな俺の認識は呆気ないほど軽く覆された。
「なにせ例の人造魔剣の剣使、それが他でもないクーリア・パトスなんだから」
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