1-7 剣士 シモン・ケトラトス
実のところ、改めて考え直してみれば俺はそれほど自身の剣術に自信があるというわけではなかった。
この剣使の時代では、そもそも真っ当に剣術を使う剣士の絶対数が少なすぎる。要するに自分の剣の技量を計るには、比較対象が少なすぎるのだ。今の俺が認識している剣の技量が相対的にどんな位置にあるのか、正確に推し量るには材料が足りなかった。
「当たって三つ、急所なら一つで決まり。そのくらいのルールでいいよね?」
模擬刀を手元で弄ばせながら、クロナが事前の取り決めを口にする。
「簡易式か。なら、それで」
俺がクロナの道場破りとやらを受けたのには、三つ理由があった。
その内の一つは、単純に剣士としての興味。自ら剣術場を巡るほどではないが、俺もどちらかと言えば、剣士と戦い自らの力を確認するという行為を好ましく思う人種だ。
「それで、私が勝ったらその剣を貰っていいんだよね?」
二つ目は、剣だ。
「ああ、大した剣じゃないけどな」
クロナを追い払うには、何かしらを賭けて道場破りを受けてやる必要がある。しかしながら、俺もサラも剣術場のモノを勝手に賭けるわけにもいかない。ならば、と俺が俺自身の剣を賭ければいいという結論に至ったわけだ。
これで、仮に負けたところで俺が商売道具を失うだけで、剣術場主であるサラの義父にまで迷惑を掛ける羽目にはならずに済む。
「それに、余計な心配だ」
そして三つ目。
「お前は、俺には勝てない」
これは単純に、矜持の問題だ。
「……ふーん」
勝利宣言をしてやっても、クロナは特に反応を示すでもない。
「じゃあ、やろっか。審判員とかは要らないけど、合図だけサラちゃんに頼もうかな」
「私? はい、いいですけど」
二人が向かい合って始める以上、第三者が開始の合図を出すのが手っ取り早い。審判ともなれば俺への贔屓もあり得るが、合図くらいなら構わないとクロナは判断したらしい。
「じゃあ、両者定位置について」
簡易決闘式には本来、明確な開始位置はないが、俺とクロナの二人共が自然に剣の間合いから更に一歩ずつ距離を離して立つ。
クロナの構えは変則、左肩を前に出した半身に左手一本で剣を握った形。刺突剣術や実戦流派に似た型があった気もするが、おそらくは我流だろう。
一方の俺は、何の変哲もない基本、正眼の構えだ。
「――始め!」
開始の合図と同時に、クロナの身体が沈んだ。
予測だが、下からの刺突で不意を突こうとしたのだろう。従来の剣術から外れたその動きは、あるいは普通なら防御や回避に戸惑うものだったかもしれない。
「終わりだ、イカレ女」
ただ、今回に関しては意味がなかった。
膝を曲げ沈めた身体は、上からの斬撃により呆気無く押し潰され、クロナはそのまま床にうつ伏せの形で倒れ伏せていた。
「……えっ? あれ、私、負けたの?」
「別に驚く事じゃないだろ」
首だけを上げて目を白黒させるクロナを見下ろし、その場から離れる。
「いや、負けたのは百歩譲っても、早くない? っていうか、速すぎない?」
「手加減してないからな」
「いやいやいや、私も手加減とかしてないんだけど」
何やら言っているクロナを背に、手に取ったのは自らの剣。そして、もう一つ、クロナの所有物であった剣をもう片方の手で持ち上げる。
「これは今から俺のもの、でいいんだよな?」
この戦いで俺が自らの剣を賭けたのと同じように、クロナもまた持参していた剣を賭けていた。銘は忘れたが、クロナ曰く魔剣の冠詞を持つ超常の剣らしい。
「あー……うん、しょうがないよね。それなりに気に入ってたけど、あげるよ」
「それは良かった。これで、あの時の質問に答えてやれる」
「質問? ……って、何を――」
ようやく起き上がろうとしたクロナの目の前で、彼女の魔剣を高々と頭上に放る。頂点に達し、落下する刹那、俺が手に握ったのは自らの剣。
鞘から抜き放った剣は、その勢いのまま魔剣を捉えると、刃に触れた刀身を真っ二つに切り裂いた。
「どうやら、俺は魔剣の類を切れるみたいだな」
かつてのクロナの問いに答えた自らの剣、その刃には一切の刃毀れすらなかった。
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