1-5 魔剣狩り


「軍内部の問題、ですか?」

「ああ、最近で何か怪しい噂とかないか?」

 剣術場近くの喫茶店で昼食を取りながら、俺の問いにフィリクスは首を傾げた。

 ルークス剣術場での顔馴染みであるフィリクス・オーブは、リロス国防軍に所属する歴とした剣使の一人だ。超常の剣を扱う剣使の中では、軍人が体力増強の一貫として行う以上に自ら剣術を学ぶ者は少数派だが、フィリクスの場合は所有する剣の性質が近接戦闘に向いている事から自主的に剣術場に通っている、というのが本人談だ。

「そう言われても、俺もまだ入ったばっかりで軍の事はそれほど……」

「チッ、使えねぇな」

「ひどくないですか!?」

 一口に軍属と言っても、フィリクスはまだ今春から軍に入ったばかりの新兵だ。俺もそれほど期待していたわけでもないため、実際は旗色の悪い返事に落胆する事もなかった。

「でも、なんで軍の問題なんかに興味があるんです?」

「なんで、か。いや、昨日リース・コルテットって軍の関係者が店に来たんだけどな」

 フィリクスからの問いには、特に隠すでもなく正直に返す。リースにしてみれば広まってほしい話ではないかもしれないが、特に口止めをされたわけではない。

「コルテット上等が!?」

「なんだ、知ってるのか?」

「知ってるも何も、有名人ですよ。セニア特務に並んで有望株筆頭の一人ですし、その上美人だからって宣伝活動なんかでも良く取り上げられてます」

「ああ、だからか……」

 国営新聞社の配っていた号外に、リースの顔が大きく貼り付けられていた事を思い出す。

 どうやら新聞社としては、戦果の発表にかこつけて容姿のいい女性兵を前面に押し出す事で、軍のイメージアップを計っていたという事らしい。

「とにかく、リースはうちの店に来たんだけど、結局依頼もせずに帰ったんだよ。それで少し気になったってだけの話なんだけど」

「コルテット上等がシモンさんの店に、ですか。……もしかして、魔剣狩りですかね」

「魔剣狩り?」

 フィリクスの口から飛び出してきたのは、物騒な響きだった。

「国の戦力拡充政策の一つですよ。最近、国防軍を中心に強化された不正流通魔剣の押収活動を俗語でそういうんです」

「……俺の剣って、不正所持になるのか?」

「いや、知らないっすけど」

 俺の魔剣『不可断』は親族から受け取ったものだが、当時は幼かった俺には法的な手続きが成されていたかどうかはわからないし、今となってはそれを確認する術もない。

「まぁ、コルテット上等に何も言われなかったなら大丈夫なんじゃないですか? 単に戦力にならないから放置された、って事は多分あの人の場合は無いと思いますから」

「あの人の場合、って事は他だとあるのか?」

「ですね。魔剣狩りは単なる法規制の強化じゃなくて、戦力拡充のための押収ですから。強力な魔剣の場合は、正式な所有者に対しても恐喝紛いの手段を取る事もあるみたいで、その批判の意味も込めて魔剣狩りって呼ばれてるくらいです。コルテット上等は、その辺りは決まりを重視すると思いますけど」

「へぇ……」

 フィリクスはリースの事を随分と信頼しているようだが、俺からすると単に無力な剣だから放置していったという方がしっくり来る。

 なにせ、俺はリースに剣の力について説明をしたし、実際に一度手渡し握らせもした。そして、彼女が店を後にしたのはそのすぐ後の事だった。

 もっとも、理由はどうあれ見逃されたのであれば俺にとってはそれで十分だ。軍にとって戦力にならずとも、魔剣『不可断』が大事な仕事道具である事に変わりはない。

「そこまでして戦力を集めるって事は、戦争でもするつもりか?」

「ええ、そういう噂もあります。レリアン公国との国境沿いでの小競り合いも徐々に激しくなって来てますし。まぁ、現実的に考えれば戦力拡充は単なる威嚇のためでしょうけど」

 軍属にしては推測だらけのフィリクスの言葉は、だが正しいのだろう。国境付近の土地の領有権問題で揉め事が絶えないレリアン公国はリロス共和国と比べれば小国ではあるが、大陸一の大国であるローアン中枢連邦との繋がりの強い国家であり、全面戦争にでもなれば藪蛇を突きかねない。

「話は変わりますけど、世界平和維持協会って知ってますか?」

 一段落付き途切れそうになった会話を繋ぐように、フィリクスが雑談の話題を変える。

「いや、知らんけど。なんだその胡散臭さしかない名前は」

「シモンさんの店も十分胡散臭いと思いますけど」

「『なんでも切る屋』のどこが胡散臭いんだ。これ以上ないわかりやすい名前だろうに」

「いやいや、そういう問題じゃないですって」

 どうにも俺とフィリクスとでは感性が合わないようで。これはまぁ、センスの無いフィリクスを哀れむしかない。

「それで、その世界平和維持協会っていうのも、一応名前通りのものらしいんですよ。なんでも、ホールギス兄妹っていう凄腕の剣使の兄妹が世界平和のために活動してるとか」

「はぁ、妙な奴らがいるもんだな。それで、そいつらがどうしたんだ?」

 変人の話はいつでも話の種だが、それだけならわざわざ話題にするほどの事でもない。

「いや、どうしたってわけじゃないんですけど。ただ、そいつらが最近この辺りに拠点を移したらしいって聞いたので」

「へぇ、この辺りは今でも十分平和だと思うけどな」

「ですよねぇ」 

 やはりというべきか特に話は広がらず、そこで再び話題は途切れる。

「まぁ、食い終わったしそろそろ出るか」

「そうですね。シモンさんは、これから剣術場に?」

「他にやる事もないからな」

「なんかいつも暇そうですけど、生活とか大丈夫なんですか?」

「国家の犬と違って、自営業は時間があるんだよ」

 フィリクスの多分それなりに本気の心配に、軽く笑って返す。

 実際のところは、俺も決して生活に余裕があるわけではない。しかし、だからと言って頑張れば依頼が増えるというものでもなく、要するに時間を持て余しているという方が近い。

「まぁ、俺はこれから仕事なんで、ここで」

「ああ、また今度」

 足早に離れていくフィリクスを見送り、剣術場へと緩やかに歩を進める。

 剣術は俺の数少ない趣味であり、同時に特技でもある。『なんでも切る屋』を始めた辺りからは一時期のように無我夢中で修練に励むような事は少なくなったが、今でも暇があれば剣術場に足を運んでいるため、剣を握る時間自体はあまり変わっていない。

「サラ、いるか?」

 人気のない剣術場の入口から中へと、いつものように呼び掛ける。

 かつては隆盛を誇ったとされるルークス剣術場も、剣術の衰退に伴い加速度的に衰退の一途を辿り、俺が初めて訪れた頃にはすでに無駄に広い空間を持て余しただけの趣味人の集まりと化していた。それから更に人の減り続けた今の剣術場は、俺とサラ、後は数人が時折入れ替わりに訪れるだけの伽藍堂にまで成り果てている。

「……だ・か・ら! そういうのは受け付けてないってば!」

「えーっ、別にいいじゃん。なんならこっちもほら、これとか賭けてもいいから」

 だが、今に限って言えば剣術場の中から聞こえる声は活気に満ちていた。それがこの場所に相応しいかどうかはともかくとして、やたらと騒がしい事に間違いはない。

「げっ……」

 喧騒の原因を知るべく剣術場に足を踏み入れた俺の目にしたのは、見知った二人の女が互いに言い争う姿だった。

 一人は当然、この剣術場の当主の娘であるサラ。そしてもう一人は――

「あれっ、切る切る詐欺の人? 奇遇だね、なんでここにいるの?」

「そっくりそのまま返そうか、イカレ女」

 先日俺の店に冷やかしに訪れた女。名前はたしか……いや、おそらく名前を聞いてすらいなかったが、相変わらずの少女趣味の服装に異常なほど整った顔立ちを忘れるわけもない。

「誰がイカレ女? 君のそうやって一度遊んだら捨てるのって最低だと思うなー」

「いや本当、捨てっぱなしにしておけたらどれだけ楽だったか」

 相手のペースに巻き込まれないよう、短く言葉を切る。会話を楽しんでやってもいいのかもしれないが、この女とは関わるべきでないと直感が告げていた。

「えっ、この人ってシモンの知り合いなの?」

「知り合いというか……いや、他人だな。名前も知らない」

 元より一度限りの依頼人未満、女について俺はほとんど何も知らない。たまたま特徴的過ぎる相手だったのと、顔を合わせたのがつい先日だったから記憶に残っているだけだ。

「あれ、そうだっけ? てっきり名前くらいは言ったと思ってたんだけど」

「別に興味はないから言わなくてもいいぞ」

「でも、名乗らなかったらずっとイカレ女呼ばわりするでしょ?」

「名乗っても、だな」

 そもそも、呼び方以前の問題で、この女と今後それほど会話を交わす機会があるとも思えない。名前など聞くより、早く問題を片付けて帰らせたいのが本音だ。

「ふっ……私の名前を聞いた後でも同じ事を言ってられればね」

 しかし、何にそんなに自信があるのか、女は胸を張ると名乗りをあげた。

「私はクロナ。リロス最強の剣使にして剣術使い、クロナ・ホールギスとは私の事だよ」


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