1-2 剣士の庭

 風が額を撫でる感触。

「……っと」

 目の前で真っ当に振り下ろされた剣は、すり足気味の後退で回避。返しに放った腰からの薙ぎ払いは防御に回った相手の剣に受けられ、互いに体勢を立て直すため距離が空く。

「っらぁ!」

 大振りの袈裟斬りが、またも目の前を過ぎていく。攻撃、防御、それぞれを互いに数回ずつ交わしたところで、やがて致命的過ぎる隙が男の左脇に生まれた。

「ぬるい」

 鉄が肉に喰い込む感触。そのまま腕を振り切り、それで終わりだった。

「――っでぇ! 痛ぇ!」

 文字通りの鉄の棒による強打を受けた男が、脇腹を抑えて剣術場の床を転がり回る。

 あくまで稽古、相手役のフィリクスとも顔馴染みであり、訓練用の模擬刀による一撃は痛みこそあれど大した怪我にもならない。

「……ちょっと! もう少し手加減とかないんですか!?」

 やがてなんとか痛みが収まったのか、それでも寝転がったまま男は俺に向かって抗議の声を吐き出した。

「してただろ、手加減」

「いや、だって滅茶苦茶痛いですよ!」

「それを言うなら、お前の方が当たったらヤバイ勢いで振ってただろうが」

「どうせ当たんないんだからいいじゃないですか!」

「それはそれ、だ」

 いくら刃のない模擬刀、刃の部分に緩衝材が仕込んであろうと、真剣と同等の重量があるそれは当たれば相応に痛いし危ない。鍛錬の場では寸止めをするのが基本だが、あまりに相手にその気がない場合はこちらもつい力が入ってしまう。

「それにしても、相変わらず馬鹿みたいに強いですね、シモンさんは」

「……まぁ、そうだな」

 大陸でも有数の大国であるリロス共和国にあって、このルークス剣術場はかつてリロス七大剣術場の一つとまで呼ばれたほどの場所だ。そして、この場所において、俺は自他ともに認める当代最強の剣士で間違いない。

 なるほど、たしかに俺は文字通り『馬鹿みたいに』剣の腕が立つのだろう。

「シモン! 次は私の相手しなさいよ!」

「来たな、馬鹿め」

 聞き慣れた、むしろ聞き飽きた感すらもある声に反射的に返す。

「なんでいきなり馬鹿呼ばわり!?」

「いや、つい」

「それって何の言い訳にもなってないんだけど?」

 こちらに非難の目を向けているのは、小柄に短髪、ついでに起伏のない身体と、一見して少年のような容姿をした少女だった。

「サラさんもよく懲りないですね」

「うっさい。シモン以外じゃ相手になんないんだから仕方ないでしょ」

「まぁ、それもそうなんでしょうけど」

 短髪の少女、サラ・フレイアは当代の剣術場主の義娘であり、この剣術場における俺に次ぐ実力者でもある。俺にとっては貴重な練習相手、そして心情的には妹のような存在だ。

「悪い。これから少し仕事が入ってるんだ」

 ただ、残念ながらこの後には金庫開けの仕事が控えており、今はサラの相手をしている時間はなかった。俺の『なんでも切る屋』はお世辞にも繁盛しているとは言えず、貴重な依頼を私事で断っているような余裕はない。

「仕事? あの、馬鹿みたいな名前の店の?」

「おっと、そこまでだ。それ以上俺の店を貶したら切る」

「上等。望むところよ」

「……はっ」

 構えを取ったサラの姿を見て、こちらも無意識に構えていた模擬刀を放り投げる。

「危ない危ない、挑発に乗ってる暇はなかった」

「ちぇっ、つまんないの」

 口を尖らせながらも、サラも本気で引き止めるつもりはないらしく素直に引いてくれる。

「でも、実際なんであんな店やってるのよ。シモンなら剣術で……それこそ、うちの剣術場を継ぐ許可だって貰ってるのに」

「それはあの人の冗談、しかも婿に入ればの条件付きだろ」

「冗談なのはそこだけでしょ。義父さん、剣術場を任せる方は本気で言ってるわよ」

 サラの言葉には、たしかに一理ある。そもそも、サラの義父は今も名義上は剣術場主ではあるが、実際にはほとんどこの剣術場を放棄しているに等しい。別に俺でなくとも、誰が剣術場を継ごうが構わないのではないかという気すらする。

「まぁ、とにかく俺は仕事に行くから」

 どちらにしろ、今は目の前の仕事が大事だ。

「あっ……シモン」

 微かにサラの声が背から聞こえた時には、俺はすでに剣術場を後にしていた。

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