叛逆のカンパネラを鳴らせ
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序章
第1話 ただ、繰り返しの毎日
これが世界の道理であるのならば、夢とか希望とか、
そんな一丁前のことを考えてしまう前にそう言って欲しかった。
「君には望むだけ無理な話なのだよ。何故なら君はーー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「兄さん、行ってきます。」
規則正しい間隔でノック音が回聞こえてから、ドアの向こうにいる人物がそう告げた。
兄さん、は俺のことだ。
俺は弟から掛けられた声に返事をせず、ベッドのに横たわり見慣れた天井を見つめている。
カーテンの隙間から洩れる日差しが眩しい。否応無しに朝の訪れを認識させられたのは、そのせいだった。
決して腹が減って目覚めたとか…そんな理由じゃない。
「
一階から弟を呼ぶ声が聞こえた。
少し上擦った母さんの声だった。何やら焦っている事が声でわかる。
早く母さんの元に行かないと面倒な事になるぞ、弟よ。
兄さんはその事をお前よりも一年程早く知っている。
声をかけた部屋から物音一つしない事を感じ取った後、弟はゆっくりと階段を降って行った。
足音が遠ざかっていく。扉の前から人の気配が消えた。
ホッと胸を撫でおろした。
掛けられた声に返事をする気は起きなかったが、それでも無視をするのは気持ちが良くない。
寝たふりは、なんとなくバレている様な気がするし。
そんな事を考えていると空腹が段々と頭角を現してくる。
あぁ、腹が減ったな…
一階の方では、ばたばたとした音や声が続いていた。
焦りを感じるのは主に母さんの声だったが、そこまでピンチと言うわけではないのだろう。声は語尾にどこか喜びを含んでいるように聞こえた。
しばらくするとガチャリと音がして、玄関が締まった。
庭から車を動かす音が聞こえてきたかと思えば、あっと言う間にエンジン音は遠のいて行った。
先程まで騒がしかった空気が瞬く間にシンと静まり返り、家の中に充満していた人の気配が全て消えた。
今この家には俺以外誰もいない。
天井を見つめるのを止め、ベッドから降りる。寝間着のまま、着替えはしない。
どうせ出かける用事などないからな。
頭を掻きながら部屋を出て、先程まで母さんが声を張り上げていた一階まで移動した。
移動の目的は食事だ。腹が減っていてしょうがない。トーストがあれば最高。今日は白米の気分じゃない。
付け合わせに目玉焼きも欲しい所だが、昨日の夕食に卵と野菜の炒め物が出ていたから、使ってしまっている恐れがあるな。
母さん、食材を一個残すのを嫌がって分量が多くても全部使ってしまう大雑把な人だし。
そんな事を考えながらリビングにある冷蔵庫までの道すがら、時計を盗み見ると時間は午前九時を過ぎていた。
ん?おかしい。
母さんは週に三日パートで近所の小さな雑貨店に勤めている。
とはいえ、店に入荷する雑貨を次から次へと買って来てしまうから、側から見ればパート代はほぼ店に還元されている様なものだが…。
そんなわけで、母さんにとっては大層お気に入りの職場らしい。
今日はパート該当の曜日で、いつもなら開店準備に朝八時には家を出ているはずだった。
弟の侑麻の中学校も、九時には授業が始まるはずだ。
声かけは、毎日のことだから特に気にしなかったけれど…
そして、車を動かしていたのは父さんだろう。母さんは運転ができないからな。
父さんも、毎日二人と同じ時間帯には出勤をしているはずなのに。
おかしい。
三人とも揃って寝坊をして、父さんが車で二人を送って行ったのだろうか。
珍しいこともあるもんだ。
そう言えば俺の腹がやたら空いていたのは、この時間の誤差のせいなのか。
今まで侑麻の声掛けを、時間黙認のルーティンにしていたから、全く気付けなかった。
今度からはちゃんと時計を見る事にしよう。
そういえば一年以上自分の部屋の時計なんて見てないから、時計の電池は切れていそうだ。替えないといけないんじゃないかな。単四?単三?どっちだっただろう。
何にせよ、あぁ〜面倒だな。
そんな事を考えながら片手間に冷蔵庫を開け、何か食べれるものは無いかと目で探る。
季節は春とは言えど、起きたての皮膚に冷蔵庫の冷気は冷たく刺さった。
「ーーーーーーーあっ」
冷蔵庫に突っ込んでいた上半身を起こして、リビングの柱に掛けてある電子カレンダーを見つめる。
俺が目を細くして電子画面を見ていると、内蔵されたAIが眼球の動きを理解し、見つめているであろう箇所を大きく拡大した。
この便利さには今やすっかり慣れたが、小さい頃はカレンダーに自分の心が読まれているのではないかと思い、恐ろしさにめっちゃ泣いた。
ちなみにこれは侑麻が幼稚園児の時に作ったものだ。
春。出会いと別れの季節。
三月が別れの季節であれば、四月は出会いの季節だ。
拡大された日付は四月八日、月曜日。
スケジュール欄には一際大きく『侑麻、入学式』の文字が踊っていた。
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