第17話 passion

 あなたになら何をされてもいいと思った。

 あなたになら全てを捧げてもいいと思った。


 今もそう思ってる。

 心の底から、あなたを愛してる。


 私、何も後悔なんてない。




 ***




 夜の帳が降りようと、蛍光灯は暗闇を輝かせる。

 カツン、カツンと地下に向かう階段を降りながら、少年はくるりと振り向いた。……視線の先には、見慣れた「用心棒」がいる。


「どうしたんですか、晃一さん。いきなり背後に立つなんてビックリしちゃいます」


 丁寧な口調で返しつつ、学生服の青年はメガネをかけ直す。

「いんや、別に」と返しつつ、晃一はひょいと階下を覗いた。

 鎖された鉄の扉からは、その先に何があるのか感じ取れはしない。……けれど、晃一は知っている。この青年が秘めた欲を、目の当たりにしたことがあるのだから。


「……そういや、亮太くんはなんで陽岬学園に来なかったの?」


 異形に興味があるのなら、てっきり監視役を手伝いに来るものと思っていた。……が、彼はそうしなかった。

 あのような「実験」を行っておきながら、わざわざ遠くの進学校を選んだ。


 にやりと、青年の口角が吊り上がる。


「いじめの噂って、集会の時に聞けるじゃないですか」

「……ん?ああ、まあ、うん。そうだね。ここ一応宗教法人だもんね……?」

「いじめのある学校じゃなきゃ、あんな馬鹿らしいところ通ったりできませんよ」


 にこりと笑みを浮かべ、声を弾ませる青年に、晃一は確かな恐怖を抱いた。


「僕は悲鳴が聞きたいんです。異形なら、多少痛めつけても怒られないでしょう?いじめがあるなら、毎日素敵な音を聞けるでしょう?」


 ステップを踏むよう階段を降りながら、少年は笑う。楽しそうに、愉しそうに、笑う。


 この存在を、「人間」と呼んでもいいのだろうか。


 晃一の疑問を知ってか知らずか、青年は鼻歌交じりに鉄の扉の向こうへ向かう。

 そこに、彼の研究室遊び場がある。




 ***




「……返せ。仮面」


 落ちた頭部を胴体に乗せ、大神の血を口にすれば、瞬く間に断たれた箇所は繋がった。


「返せ」


 焼け爛れた顔面に手を触れつつ、繰り返し催促する。

 太郎はふむ、と考え込みつつ、「伝七」と名を呼んだ。


「えー」


 ……いつの間に部屋の隅にいたのやら、伝七は不服そうな顔であぐらをかいている。

 ぎろりと睨みつけ、アランは再び「返せ」と告げた。


「なんで?だってこれ、目の穴ないし前も見えやせんぜ?」


 きょとん、と目を丸くした伝七に、アランは思わず舌打ちをする。くるくると両手で弄ぶように、仮面の裏表をひっくり返して観察しているのが、余計にカンに障ったらしい。


「伝七よ、元々この男はさほど見えてはおらぬ。音や、気配で多くを感じておるのだろう」


 たしなめるような太郎の声音すらにも苛立つが、事実だ。

 アランの視力は陽光により、多くを奪われている。

 太陽に関しては、わずかな光を感じ取ることすらも苦痛なのだ。仮面に目などあったら、本末転倒だとすら思う。


「だけど太郎右近殿、この仮面……気色悪くないですかい……?」

「……てめぇは……」


 ぴくぴくと、焼けて引きつれたこめかみが脈打つ。

 大神の血を摂取したためか、大上家本邸も、陽岬有数の「パワースポット」であったためか、……または、伝七が意思疎通のため、何らかの術式を用いたのか。

 アランの人格は、在りし日の形を緩やかに取り戻しつつあった。


「てめぇは……オレにこの顔面晒して街中を歩けってのかよ……?」


 忘れ去った感情ものを露わにするほどに。

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