第14話 力

「俺にはわからない」

「じろちゃんってさ、人間になりたいの?それとも、紛れたいの?」


 繰り返される次郎の言葉に、晃一は事もなげに返す。

 淡白に、顔色ひとつ変えず、薄い笑みすら張りつけて佇んでいる。


「……なんの違いがあるんだ?ヴァンパイアも俺達も、同じ生命だろう。細かな違いはあれど、それを知っていけばいずれ……いずれ、争うことなく共に暮らせる。理解できれば、恐怖だってなくなるはずだ」


 ぽつりぽつりと零れる次郎の願いは、……いや、理想は、晃一にどう届いたのか。

 晃一はへらりと浮かべた笑みを崩さない

 その胸元で、鈍く輝く塊が乾いた音を鳴らした。


「……ッ!?」


 次郎の頬を銃弾が掠め、ピシリと窓にヒビが入る。


「ちょっとちょっと、避けないでよ。関係ないコに当たっちゃったらどうすんの?」


 飄々と放たれた言葉はあまりに軽く、射抜いた視線はあまりに重い。

 ドクン、ドクンと次郎の心臓が、早鐘のように鳴り響く。

 本能が警鐘を鳴らす。本能が語る。本能が敵を定める。


 ──殺せ、喰い殺せ


 金の瞳が標的を捉えれば、薄い笑みを浮かべたまま相手は微動だにしない。

 腕の先で爪が陽光を跳ね返す。


「……怖かった?」


 静かに穿たれた声が、急速に理性を呼び覚ました。

 乱れた吐息が、心臓の音が、まだ耳から離れない。


「じろちゃんの言う通り、命ってね、同じなんだよ。……傷つけられるのを恐れて、身を守ろうとする」


 次郎の頬から一筋、血が垂れる。ジュウ、と焼けるような音を立て、煙が上がる。……そのまま、傷が治癒していく。


「この学校、銀の弾丸危険物は持ち込めないからねぇ。結界セキュリティが強固だから」


 腕が人の形に戻っていく。牙がただの犬歯へと姿を変えたところで、次郎は膝を折った。

 見開かれた瞳から、涙がこぼれ落ちる。……突きつけられた「違い」は実感を伴い、明確に突き刺さった。


「……俺は……人を喰ったりしない……ヒトに興味はあるが、殺めたり傷つけたりなんか……」

「殺せる武器を持った相手がそれ言っても、説得力ないない。……って、思っちゃうわけよ。それが生まれつき備わってて取り外せないなら尚更、ね」


 晃一は屈んで、その瞳を覗き込む。

 まだ僅かに金色に煌めく視線を逸らし、次郎はただ、俯く。


「変わらない、なんてことはないわけよ。同じ生命っつったって、人間サマは偉いよ?なんたって食える動物すら選り好みするし、食い物にするために飼育しちゃったりする。……そんでもって、場合によっちゃ繁栄のため壊したもんを守ろうとか言っちゃったりする」


 だから、お兄ちゃんは人間なんて嫌いなんじゃないの、と、

 喉までせり上がった言葉はどうにか飲み込んだ。

 悟らせないようへらりと笑みを浮かべ、晃一は手を差し出した。


「別に良くない?じろちゃんはじろちゃんでさ。……俺、じろちゃんの変わったとこ好きよ?」


 あまりにも無責任な放言が、何も背負わないからこそ放たれるその言葉が、

 次郎にとっても、……そして、シャルロットにとっても、救いだった。


「たくさんの人の役に立ったら善で、たくさんの人を傷つけたら悪。……それが人間こっちの価値観。空みたいにコロコロ変わっちゃうから、女のコより繊細で難しい」

「……そうか……」


 差し出された手を掴み、次郎は顔を上げる。黒い瞳は少年のように煌めき、晃一を映し出す。


「とりあえず返礼をしたい。裏山でいいか?そこでなら力が出せるからな!」

「おっ、元気出たねー。でも怒ってる?」

「怒るに決まってるだろう!晃一なら手加減しなくて済むしな!」


 憎まれ口を叩きながら、次郎は弾けるような笑顔を浮かべていた。


「ちなみに花野ちゃんが泣いちゃったのはまた別口だから、そこら辺はおいおい反省してこうな」

「……?わかった。勉強する」


 こくりと頷く友の頭を軽く撫で、晃一は窓ガラスの方に向かう。

 くい込んだ銃弾を取り外し、そのまま素手で叩き割る。


「……あらら、。参ったね」


 ……これで、異常は察知されない。明日も何事もなく、日常が流れていくだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る