第13話 force

 土蔵にじゃらじゃらと響く、鎖の音。

 窓から差し込む陽を見上げ、男は小さく喉を鳴らした。


「か……えせ……」


 言葉に滲むのは、確かな憎悪。


「せザー、るを……かえ、せ……」


 仮面の吸血鬼は、太陽を愛した男ではない。

 憎き太陽から少しでもその身を隔てるため、男は仮面を被ったのだ。……愛など、抱けるはずもない。


「……っ、セザ、ル……」


 ……そう。彼は亡き友のため、在りし日の友情のため、太陽に挑んだのだ。




 ***




「ごめん!やりすぎた」


 放課後、奈緒はロベールの教室に現れ、深々と頭を下げた。

 既に太陽光でバテていたロベールは、ぐで、と机に顎を乗せながらそちらを見やる。他の生徒は既に帰ったか、部活動に勤しんでいるようだ。

 ちょうど位置の変わったオレンジの帯から逃げるよう上体を起こし、椅子ごとそちらに向きなおる。


「……まあ、この前先に喧嘩売ったの……僕だったし……」


 入口で心配そうにこちらを見る「姉」をちらりと見やり、ロベールは言葉を紡ぐ。

 人間のことはそこまで好きではないが、姉の友達なら蔑ろにしたくはない。……ようやく出会えた、たった2人の肉親なのだから。


「……別にいいよ」


 それに、「捕食側」なのはこちらだ。

 たかがヒトと侮り、純粋に力で負けたことは、悔しいが認めなければならない。

 優位に立ち続けるには力がいる。……ヴァンパイア達の中では常識だ。

 強くなければ屠られるし、強ければ屠ることができる。……強くなければ、神の加護から離れ、新たな秩序を作ることなどできない。

 ふと、奈緒の丸い瞳が、きらりとあおい瞳を映した。


「ところで、さ……2人とも、吸血鬼なの?」


 小声での問いに、ロベールは静かに頷く。


「別に、生きるために常に血がいるって訳でもないよ?人間のが栄養価高いだけで、スーパーとかで血合いの多い魚とかレバーとか買って食べたら結構持つし……どうしても必要だったら、クロードって人が病院と交渉してくれるし……」


 言い訳がましくつらつらと語る。変に危機として認識されたくはない。……ただでさえ、ロベールの能力は「挑発」なのだから。


「へぇー、そうだったんだぁ……」


 きらきらと、奈緒の瞳の光が好奇心に染まっていく。


「もっと!!もっと聞いていい!?」


 予想外の食いつきには動転しつつ、ロベールはポリポリと頬をかく。ちら、と姉の方を見ると、そちらは次郎の方から質問攻めを受けていた。




 ***




「とりあえず色々聞きたいことはあるが、比較するために二人とものDNAを採取するのは構わないか?」

「ダメです」

「身持ちが固いな、久住……」

「大上先生……?」

「す、すまん、花野。こちらの話だ」


 ぎらり、と光った眼鏡に気圧され、次郎は思わず後ずさる。……なぜそんなに怒っているんだ……?と、頭の上に疑問符が大量に浮かんでいる。

 身持ちの問題なんですか……?と首を捻りつつ、シャルロットは再び教室の方を見やった。

 どうやら、奈緒とロベールは仲直りできたらしい。


「……光川は確か、父親がヤクザの若頭だったか……」


 釣られるように視線を追いかけ、次郎は独りごちる。

 奈緒の父……龍吾と、母が話しているのを、次郎も何度か見たことがある。鼻の頭に傷のある、粗暴で気のいい男だった。母の旧友と説明されたことも覚えている。


「……ヴァンパイアと戦った、って……」


 シャルロットの疑問が、意図せず飛んでくる。

 聞こえないように呟いたつもりだったが、ヴァンパイアの聴覚は鋭敏に言葉を拾い上げたらしい。

 美和の方に視線を投げつつ、次郎はぼかすように答えた。


「土地の利権争いだろうな。小鳥遊たかなし組としては、タダで縄張りを荒らされるのが気に食わなかったんだろう。……まったく。この土地はそもそも、大部分が大上家の私有地だって言うのに……」

「大上家もヤクザさんなんですか?」

「しゃ、シャルちゃん……」


 黙って聞いていた美和も、その質問は思わずたしなめる。

 シャルロットはキョトンとしていたが、次郎は苦笑しつつ告げた。


「まあ……ヴァンパイアお前たちはそもそも「裏」の側だからな。……花野はあまり、気にしない方がいいぞ」


 親切のつもりだ。……むしろ、巻き込ませないのが当然の判断だ。それは、美和にもわかる。


「……姉の呪いは、解けなかったじゃないですか」


 だが、抑えきれなかった。


「神通力でも、姉の身体は良くならなかったじゃないですか……!……嘘ばかりついたくせに、今度は友達のことさえ隠して、教えてくれないんですね」


 祈祷を行ったのは土地神の信奉者であって大上家ではないし、そもそも、呪いの類でなく病である可能性だって高い。……なんにせよ、紗和の身体について、次郎を糾弾すべき理由などない。

 けれど、腹が立った。

 自分を忘れたように振舞っていることも、……実際に、忘れたのかもしれないということも……とにかく、気に食わなかった。


「……?だって、お前には力がないだろう」


 その言葉はあまりにも率直で、あまりにも……距離が、遠かった。

 厳しくもなく、甘くもなく、ただただひたすらに美和を枠外に配置し、事実だけを告げていた。


「……その言い方は、ないと思います」

「え」


 シャルロットから放たれる「恐怖」が、わずかに濃くなる。

 確かに次郎を睨んだシャルロットは、嗚咽すら噛み殺す美和の腕を引き、その顔を覗き込む。


「行こう、美和ちゃん」


 ふわりと微笑むと、美和もコクリと頷く。

 すたすたと廊下を歩き去る二人を呆然と見つめ、次郎は、事態をよく飲み込めずにいた。

 きぃ、と建付けの悪い引き戸が音を立て、奈緒とロベールが顔を出す。


「あ、あっち!」

「……?あの先輩、泣いてる……?」


 ……廊下を歩く背中を見つけ、彼らも後を追うよう教室を飛び出していく。


「……やっぱり分かってないねぇ、じろちゃん」


 いつの間にやら、廊下の死角には晃一が立っていた。

 ……本来なら、異形を仕留めるために身につけた技術だろう。警戒を怠っているぞ、と、次郎の脳内で兄が叱りつけてくる。


「晃一……」


 困惑したまま、次郎は友人の呆れた視線に縋る。……晃一に聞けば……と、どこかで確信があった。


「わからない」


 黄昏を背にし、まだ黒いままの瞳は不安に揺れていた。

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