第三十話 シャオリンシャオ

「そうだ。リンフォン、バラクネと再戦するけど対策はできてるか?」


 ウィリアムが急に話を振って来た。数日間考えてはいたが、どうしても雷対策には体術や立ち回りでは完全に防ぐことは出来ない。結論は魔具に頼るしかないと至った。その魔具が高すぎる。


「いや、武器だけなら何とかなるが雷だけは無理だ」


 一気に場の空気が暗くなり、すごく申し訳ない気持ちになる。しかし、どうしようもないのだから仕方ない。


「そうだよな。雷除けの呪いとかあっても術師の技量が無ければ意味は無いし、そもそもバラクネの雷がどれだけの威力があるのか分からない。何戦かやっていてもあまり本気で撃っている所を見た事はないしな」


 クラス内に雷を扱える生徒はいない。たとえいたとしても、アイヴァン王国から来ている生徒などでとても協力してくれるとも思えない。


「雷系の魔法や精霊は貴重な上に高位だから、世界中を探してもそんなに多くは無いだろう。それと前回の戦いを見ていて思ったのだけど、バラクネは後天的な特異体質なんだと僕は見ている。最初の攻撃の際にバラクネの裏回りは普通の人間では出来ないはず」


 振り返ってみれば確かに俺は一瞬とはいえ奴を見失った。恥ずかしながら奴に気が付いたのは奴が声を出したからで、立ち回りでも完全に負けていた。


「お困りのようですね! 知っていますか? 雷を使った移動には守らないといけない決まりごとがあるんです。それは簡単な事です」


 隣を歩くシャオが突然大きくステップを踏んで一回転。無駄な動きなのに無駄に見えない体捌き、体を追うように舞う青髪はウィリアムの視線を集めた。


「初見で見破る事は難しいと思う。けどね。あれは雷光の走る場所にしか移動できないの。それと枝分かれしたものを伝うのは魔族でもない限り無理ね。あの移動法の本質は雷を追うの。雷そのものにはなれないからね」


 つまり。雷を利用した移動にはその道筋が雷によって作られなければならないということなのだろう。しかし、これだけではまだ勝負にはならない。


「原理自体は簡単なのかもしれないが、見分けるのは難しいな。けど、シャオさんありがとう」


 シャオが首を横に振った。俺にはその理由が分からない。


「ん? 何か俺が間違った事を言ったか?」


 じっとシャオは俺の顔を見つめる。流石に恥ずかしくなって俺の方から目を離したが、グイッと距離を詰めて目が合ってしまう。両肩を小刻みに震わせて、潤んだ瞳に気圧される。


「今までと同じように接してって言っているのに、なんでさん付けなんですか? 折角友達になれたのにこの距離感は嫌だよ……」


 え? 困惑するばかりだ。しかも涙声。男だろうが女だろうが泣かれるのは苦手だ。それに他の二人の視線も気になる。


「ま、待て。俺が何か気に障る事を言ったか?」


 押し黙ることは出来そうになかった。目の前に立つシャオの視線が俺に刺さったままで、他の二人は知ったような顔をしているのが不思議だ。


「何かって。あの時もそうでしたけど。それに僕はさっき言いましたよ。さん付けじゃなくて、今まで通りに《シャオ》と呼んでください」


「呼んでやれよ。見た目は変わってもシャオさはシャオ、だぜ?」


 ウィリアムの声が僅かに裏返っている。無理をしているようだ。けれど、いい表情をしている。


「あ、あぁ。分かった。シャオ。で、良いんだな?」

「ウン!」


 小気味いい返事が胸に届いて一安心。


「リンフォン君、おはよう」


 ニヴル寮とムスペル寮から学園に行く道が交わる所でシャオイーから声を掛けられた。


「シャオイーか。おはよ」


 シャオイーとその友人の視線がシャオに注がれる。シャオは俺達三人の影に隠れる様に潜る。同性と言うにはそれまで過ごして来た時間が違う。接した期間も違う。何より同じ性になっても住む場所が違った。


「あれ? その子は? 髪色と雰囲気がシャオ君に似ている様だけど……」


 シャオがビクッと震えたのが肩に添えられた手から伝わる。緊張しているのか掴んでいる手の力がちょっと強くなる。怖いのだろう。


「大丈夫。シャオイーは誰にでも優しいからな」


 そっと小刻みに震える手に俺の手を重ねた。手が冷たくなっている。まぁ、他の女子とウィリアムの視線が気になるけど。


「この前にウィリアムが騒いでいた青髪の美女。ムスペルヘイム寮で噂になってたと思うけど」


 シャオイーは思い当たる事があったのか。相槌を打つと俺の前に歩み出た。顔は凄く優しく、怯えるシャオの事を刺激しない様にしているのだろう。


「あぁ、寮母さんが断ってたあれね。私は別に構わないんだけど、難しいよね」


 シャオイーの笑顔がシャオに向けられる。


「この子がシャオ。暁蓮(シャオリィェン)だよ。これからもクラスメイトの」


 手首を柔らかく掴んで引っ張った。突然の俺の行動にシャオがバランスを崩す。


「おっ」と両肩を支えて隣に立たせた。

「シャオリィェンです。こ、これからも普通に接してくれると、嬉しい、かな」


 伏し目がちにシャオイーに言うとシャオイーは迷わずに手を掴む。シャオは戸惑いの瞳を俺に向ける。完全にパニックになって今にも泣きそうで、止めてくれ。


「あ。ご、ごめんなさい。これからもよろしくね、シャオちゃん」


 掴んだ手を離されたシャオはじっとそれを見つめる。泣きそうだった表情もそこには無かった。けれど、何か雰囲気が違った。不敵な笑みを浮かべると一歩を踏み出す。ズイッと顔をシャオイーの鼻先まで近づけると一言。


「シャオイーさん、私負けませんからね」


 言い終えると俺の横に移動し、左腕に自身の腕を絡める。鼻を鳴らしてやや自慢気味に胸を張っている。居心地が悪い。他の女子達の視線が痛い。何かに巻き込まれている様な気がしてならないし、腕に絡みついているのがバラの棘の様にチクチクする。早く終わって欲しいと願えば、時間はゆっくり進んでいるとしか思えない。


「え? う、うん」


 シャオイーは戸惑いながらも小声で返事している。だけど、しっかりと目線は俺の左腕から離れない。何か言いたげだが何か我慢している様な。記憶が揺さぶられる。


「離れてもらっていいか?」


 シャオの腕を刺激しない様に柔らかく外そうとする。女子達の視線以外にもたくさんの衆目に晒されているのだ。


「あ、そうだ。週末に時間ある? 良かったら町に行かない?」


 シャオイーが切り出した。


「わ、私も」


 シャオが手を挙げた。それに続いてウィリアムが手を挙げた。すると、また手が挙がり、グループで行くことになった。決戦まで残りは二週間。

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