第二十九話 三銃士

 ウィリアムに詰問された翌日からシャオが学園に登校するようになるらしい。シャオに対し『学園に行くときは一緒に行くから』と言ったので、寮母さんの部屋つまり、管理人室の前で出てくるのを待つことにした。

 俺にウィリアムとソレイユのいつもの仲良し三人組で待つ。


「なぁ、ムスペルヘイム寮の寮母が言っていたシャオに対する他の反応は本当かな?」


 ウィリアムが唐突に話を切り出した。教室、いや通学の途中で必ず女子と顔を会わせる。それがどうなるか、あまり想像はしたくはない。


「嫌がる人は少なくとも出るだろうね。僕たちは魔法使いであり、魔術師だ。だから、魔力を持たず、精霊を見る事も信じる事も出来ない。そんな人たちが僕らをどういう目で、どういう言葉をぶつけるか。それを知っている。だったら、自ずと分かるだろう。それも彼、いや彼女は魔族とのハーフだ。僕ら三人はシャオに対しては以前と変わりなく付き合うと思う。まぁ、関係性は変わるかもしれないけど。だけど、やっぱり他の人にそれを強制することは出来ない。つまり、人は人だということ」


 ソレイユは手にした本を両手で挟んで見せる。眼鏡の奥には何と表現したらいいだろうか。辛い事を思い出している人の目をしている。涙にならない涙を流している様で、怒りも孕んでいる。


「俺もそんな経験が無い訳じゃないからな。気持ちは分かる。けど、俺達が率先せずして誰がやるんだ?」


 あれ? ウィリアムはここまで熱い男だったっけ。異様に鼻息荒いし、思えば青髪美女の事もしつこく聞いてきたし、何か理由でもあるのか?


「ほら。あんたら散った散った」


 寮母さんが管理人室から出て来た。手には竹ぼうき、掃除に使うだけではなく、人を追い払うのにも使う様で、俺達を掃き出しにかかる。


「ったく。これだから男は面倒なんだ。どうせ、三銃士とか気取ってるんだろう。悪いけど不安定な時期だから保健室登校でもいいと思うんだけど、シャオちゃんがどうしてもって言うから」


 ぶつくさ言いながらも悪い顔はしていない。人のよさとでも言うのだろうか。そんな空気が滲み出ている。それに食い下がるようにウィリアムは歯を剥き出しに、まるで番犬のつもりなのか唸っている。


「俺達がそんなに信用できないんですかッ!」


 吠えた。正直、外で待っていればいい気もするが言わない。言えば、噛みつかれるのは必定だ。ソレイユは、と。呆れながらも成り行きを見守っている。


「それとリンフォン君だっけ? あなたが一番危ないわね」


 急に寮母さんの矛先が俺に向けられた。同時に恐るべき早さでウィリアムの首が俺に向く。それは機械仕掛けの人形の様に恐ろしく、正確に。ホラー映画ならばきっと絶叫シーンだろう。


「お、お前。何かするのか?」


 素早い動作に威圧感を乗せて目の前にウィリアムが立ちはだかる。目つきが若干血走っている。


「は? お前、友人に手を出すのか? 出さないだろう。そういう事だ」


 ウィリアムは唸って黙り込んだ。黙るという事は俺の言った事が心に引っ掛かったのだろう。


「性別が変わろうと、魔族とのハーフって分かっても、友人の一人であることに変わりはない。それに知った後に付き合い方を百八十度変えるのは無理だ」


 顔を俯けてウィリアムは意気消沈といった風だ。それを傍で見ているソレイユも珍しく大笑いをしている。初めて見た気がするその笑顔をじっと見つめているとちょっと咳を漏らしている。


「っ、はぁっ。すまない。ちょっと面白くて。リンフォンの言う通りだと思うよ。ウィリアムは少し気を付けた方がいい。そんな血走っている目をしていたら流石に引かれる」


 ソレイユは俯いているウィリアムの肩をそっと叩いて顔を上げるように促す。ウィリアムもそれに応えて天井を仰ぐと両頬を平手で叩いた。


「そ、そうだな。俺としたことが。シャオがあまりにも可愛らしくて取り乱した」


 ウィリアムはわりと自分の事を開けっ広げに話す所がある。隠し事が得意、苦手以前に何でも喋って直ぐに顔に出る。好感は持てるが、たまに鬱陶しいと感じる。


「お、おはよぅ」


 輪の外側、管理人室の奥から出て来たのはシャオだった。青く長い髪を下ろして、紺色のブレザーにチェックのスカート。男ばかりのニヴル寮では新鮮で、目を奪われる。


「似合わないかな? ママに着てって言われたんだけど」

「すっごく可愛い。めっちゃ似合ってる。な?」


 電光石火のごとくウィリアムが答える。その早さに驚いていたらこちらに回って来た。自然とウィリアムとシャオの視線が俺に注がれる。


「うん。可愛いよ」


 一瞬の間。「掃き溜めに鶴って言うのかな。けど、余計にどう接していいか分からないよ」とソレイユが答える。


「ありがと。リンフォン君にウィリアム君、それからソレイユ君が一緒なら怖くないかな。今までと同じってダメかな? 僕もよく分からないんだ」


 上目遣いでそれぞれをじっと見つめる。ウィリアムがそわそわとしていたが、距離を保ったままで何度か頷いた。にやけ顔がいつもと違って笑う。俺が笑うとつられてみんな笑ったが、ウィリアムが目を吊り上げて一言。


「何が可笑しい!」


 ソレイユがゲラゲラと笑い出す。久々の大笑いだ。シャオもつられてクスクス。


「ウィリアム君、ちょっと怖い」


 瞬間、ウィリアム固まる。顔を強張らせて俺の方を見ると「マジで?」これがいわゆる青い顔というやつだろう。それを見て更に笑ってしまう。


「リンフォン、お前も笑うのか?」

「遅刻するとあれだし、行くか?」


 これ以上は面倒と判断して話を逸らす。しかし、思ったよりも沢山の人が見ている。好奇な視線と別の何かが混じった視線がシャオに向けられる。シャオもそれが分からないわけではないので、少し辛そう。本当はもっときついだろうに。三人で囲む様に寮を出た。

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