第六話 世界史(現代史)

 九月十日。


 少しは授業にも慣れたな。あれから一週間しか経っていないが、そんな気がしている。


 クラス内の溝がはっきりと形として見えてきた。アイヴァン王国系の生徒だけが、俺達を邪険にしていた。俺達、華の国や和の国系の所謂北方系生徒もイライラを募らせ続けていた。歴史を振り返れば理由は分かるが、本当にそれが理由なら救いようがない。


「今日は世界史の一回目という事で、お前達が興味を持ちそうな魔王討伐史の新しいものでも話すか。では、直近では何年前か? マロン君、分かるか」


 マロンと呼ばれた生徒が立ち上がる。栗色の髪をしていて、優等生かな、という印象を抱いた。マロンは返事をしてゆったりと立ち上がると答え始める。


「五年前ですね。特別講師として来ているラウラ・ベーゼ先生も参戦されたと」


 世界史の先生は満足げに頷く。アイヴァン王国の地図を黒板に貼り付けて、南側の境界線を指した。境界線に一番近いのがアルバ砦、魔物の襲撃によって陥落。奪還にかなり苦労したと教科書にも書いてある。


「マロン君、素晴らしい回答だ。そう、今から五年前、マルタ歴八九五年に終結したこの人間と魔物や魔族による戦争だが。人間側も多大な犠牲を払った」


 先生がためを作る。


「そして、ラウラ・ベーゼ殿という存在が、アイヴァン王国の地方に未だに根強く残る、魔女狩りと言う悪習に一石を投じることになる。そして、今では魔法使いという存在が昔に比べて認められるようになった」


 元々ラウラ・ベーゼ先生の生まれた紅紫族はアイヴァン王国から迫害され、滅ぼされた歴史を持ち、彼女自身も出身を明かしたのが数年前と記憶に新しい。それはアイヴァン王国内に大きな風を巻き起こし、勲章を授与しようとまで話は進んだそうだが、その後は知らない。


 咳ばらいを一つ行ってから先生は、アイヴァン王城のある王都エッショルチアを指すと、


「アイヴァン王国にはこの後も問題が発生する訳だが、ここでは割愛させてもらうぞ」


 クーデターが発生したのは魔王討伐終結後なので、未だに多くの史料には閲覧制限が掛かっている。そして、クーデターの最中にマルタ魔導国にも同盟要請があったが、中立国という事でこれを拒否。後に英雄リヤンらによって鎮圧され、今もアイヴァン王国は存在している。今は当時王女だったリコリス女王が即位している。


「魔王討伐に影の英雄有りと。残念ながら我々もそれが誰だか分かってはいない。分かっているのは漆黒の鎧を纏った人間だとも、魔物だとも言われている。ラウラ・ベーゼ殿の古い友人だと言われているが、参戦した者の一部しか知らない。聞けば教えてくれるかもしれんが、ラウラ・ベーゼ殿はこの話題を好まないようなので、聞かない様に」


 今なお、魔王討伐に参加した者達は第一線で活躍中であるが、最大の功労者については誰も触れない。七不思議とも言われる程に。クーデター鎮圧後にリコリス女王とアマレット王女が日時を分けてアルバ砦に慰撫に行ったそうだが、一日は足取りが掴めなかった。それが何を意味するのか。マスコミ達は好き勝手に書き立てた。しかし、誰も真相には辿り着けない。


「先生、最大の功労者だと言うのなら世界中に名が知られてもおかしくは無いのでしょうか?」


 一人の生徒が皆の疑問を口にした。当然、クラス中が期待の眼差しを先生に向けた。その視線に先生はたじろいだ。教科書に視線を落とすと頭を掻き始めた。


「う、うむ。答えてやりたいのだが、当人がそれを拒否したとも、死んだとも言われて真相は私には分からんのだ」


 クラス中がため息に包まれた。教師ならば、大人ならば子供の知らない真実を知っているのではないか。そう思っていたのだ。結局は自分たちと同じとは。


「そうだな。私が言うのもどうかと思うが、歴史と言うのは曖昧だ。当時の史料が正しく伝わっていても、意味を取り違える事だってあるのだ。案外、真実は思いがけない所にあるのかもな」


 世界史の授業は終わった。しかし、魔王討伐の影の英雄とラウラ・ベーゼ先生が、ね。

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