第三話 1年B組

 講堂に入ると多くの人が入り、結構蒸し暑い。来賓席を見ると立派な白髭を生やした老魔法使いやスーツ姿の者など沢山の人が椅子に座っている。その中に一人だけ、一方的に見知った顔があった。


「おい。ラウラ・ベーゼ様が居られるぞ」


 真紅の瞳に紫の髪。この世に一人しかいない紅紫族(こうしぞく)の生き残りで、先の魔王討伐隊に参加し、魔王の部屋の前で魔物の足止めを一人で行っていた功労者の一人だ。魔法や魔術に携わる者ならば知らぬ者は居ない程の魔法使い。


「今年はこの学園の特別講師をするという噂は本当だったんだな」


 華の国の俺ですら知っている魔法使いなのだから、当然ここに居る全ての者は知っているわけで、彼女にまつわる噂も色々とあったのだろう。


「だけど、苗字があるのは羨ましいな」


 一人が呟いた。それに同調する様に相手も頷くと、


「苗字を名乗れる者は特権階級だけだからな。けど、名前が被ると不便だよな」


 華の国では苗字を名乗っていたが、ここでは要らぬ諍いを避けるために苗字を使うことは無い。それに苗字が無い国はアイヴァン王国と東方諸国くらいのものだったが、それでも苗字は式典以外では呼ばれない。


 壇上に学園長が上がった。深緑のローブの中身はピシッとスーツで決めている。眼鏡の奥の瞳には様々な物を内包出来る慈愛が感じられ、その佇まいに皆が背筋を伸ばす。


「入学おめでとう。私は挨拶や何やが苦手でね。手短に済まさせてもらうよ」


 ローラント学園長の一言に場がざわついた。


「君たちが卒業する時に、立派な人物になっている事を望むよ。励み給え、若人よ」


 本当にあっさりと終わってしまった。


「続きましては新入生代表による宣誓、一年A組バラクネ・ヴァルテンブルク君」


 ヴァルテンブルク、東方諸国の中で二番目に大きな国。確か、一番大きな国は東方諸国の三分の一を占める。本当にあいつ王子だったのか。しかし、この薄暗がりの中でも目立つな。バラクネの服に付いた装飾品が少ない光を受けて輝いている。自然と会場全体の視線を集めているが、その足取りに乱れはない。場慣れとでも言うのだろうか。貫禄さえ感じさせる。


 入学式が滞り無く終わると一年生は二組に分けられて案内された。そして、俺が案内されたのがB組だ。設備自体はあまり変わらないがA組から離れて立地もそこまで良くはない。日陰組と言う表現が悲しいほどにしっくりくる。面子を見ると様々な人種がいる。


「席順は机に名前書いてあるから適当に座って下さいね」


 教師だろうと思われる女の人がそう言うとバラバラに座っていく。ぱっと見、俺と同じ北方系の顔の作りをしている者達もいて、同時に安心する。まぁ、入学式で何人かは同じ北方から来ているだろう者も見たので、そこまで心配はしていなかった。


「お?」


 集団の中に今朝声を掛けて来た女生徒が居た。しかし、何処かで見た様な……。何処だっけ?


「あ、リンフォン君。同じクラスだったんだね」


 件の女生徒だった。女生徒は大きな瞳をぱっちりと開いて俺を見つめるが、俺には誰だか皆目見当も付かない。ただ、同郷であろうということくらいもので。


「あれ?」


 俺をじっと見ていたが何か思ったのだろう。目を伏せて、クッと顔を上げた。


「やっぱり分かんないかー。私は小伊(シャオイー)。よろしくね」


 シャオイー? うーん。思い出せない。けど、向こうが一方的に知っているわけでは無いようだ。シャオイーと名乗った女生徒は不服そうな顔をしたけど、何も言わない。それがちょっと不思議に思った。


「あ、あぁ、これからよろしくな」


 くりっとして大きな瞳で俺の顔をじっと見つめると諦めたのか、前を向いて座ってしまった。声を掛けようにも何を話していいか分からないし、流石に『忘れちゃってみたい。何処で会ったっけ?』などと口が裂けても言えるはずが無かった。人との関係に疎い俺でもそれは弁えているつもりである。


「忘れちゃったのかぁ。ちょっと悲しいな」


 呟きにズキリと胸に来るものがあったが、どうしても思い出せない。


 席に着くと周囲を見回してみる。何というか落ち着かない。元々、学校に近しい物に通った事はあったが、こうして多くの同じ歳くらいの人と机を並べて勉強するのは始めてだったりする。割と年齢がバラバラで、数が少なかった。


 一人の男が入って来た。真っ白な髪と髭はまるでたてがみの様で、その中に鈍く輝く灰色の瞳から発する眼力が怖い。教室の空気が冷たく引き締まるような感覚を肌にピリピリと感じさせた。白い狼の様な先生だと思った。


「全員、席についている様だな。俺がこのクラスを受け持つことになったラオロウだ」


 ラオロウと名乗った先生は真っ新に見える黒板に文字を書いていく。老狼と。


「俺もお前達と同じようにこの学校の一年生みたいなもんだ。だから、俺に学校について聞くなよ。俺じゃなくて、副担任のアリス先生に聞いてくれ」


 ラオロウ先生より頭一個分ほど小さな先生で、栗色の瞳と銀っぽい長髪をゴムで束ねて左肩から胸にかけて流している。顔も童顔で成長が止まっている様に感じさせるのは魔法使いや魔術師の特徴なのか。


「私が副担任のアリスです。主に貴方達の授業では基礎魔術を教える事になっているわね。それと人によっては白魔術の方も教えるわね。三年間よろしくね」


 意外と担任と副担の相性がいいのか。教室の空気が僅かに温かくなる。けど、二人の髪色は寒色なので、視覚的には涼しい。


「俺が担当するのは螺旋魔法と錬丹術等の大陸北部の技術関連だ。全員が受ける訳ではないだろうから、ホームルームとかぐらいしか顔を合わせない日も多いだろうな。けど、一つだけ言っておく。A組には負けるなよ」


 この負けるなよという言葉をどう受け取るべきなのだろうか。単に負けるなという事なのか、気概では負けるなだろうか。はたまた、全部においてなのだろうか。俺は今日何度目かのクラスを見渡す行為を行った。一番多いグループは呆れているような、悪いイメージを感じた。


「お前らがどう受け取るかは勝手だがな。俺はごめんだ」


 ラオロウ先生はその真意を言うことなく、最初のホームルームは終わった。

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