武器使いと武器少女

高良 トウ

0章 プロローグ

第1話 転落

「もう、どうでもいいや……」


 僕は、屋上の風を感じながらそんな事を呟いた。思えば散々な人生だった。親は小さい頃に亡くなって、僕は親戚の養子になった。だけどその家では、僕の部屋は物置小屋で、毎日暴力を受けてるという辛い生活だった。恐らく僕をサンドバックにしてストレス解消していたのだろう。


 唯一の逃げ場としていた学校ではいじめられ、友達にも裏切られた。僕がいじめられている事を知っていながら見て見ぬ振り……だけならまだ良かったが、いじめに加担してきた時は、本当に辛かった。しかし決め手は、密かに想いを寄せていた子が、毎日違うおじさんとホテルに入って行くところを見た瞬間だった。それを見たい瞬間、もうどうでもよくなってしまった。


「僕、頑張ったよね……?」


 天国で見守ってくれてる両親に向ける最期の言葉。僕にはもはや、生きる気力がなかった。もう楽になりたい。そう思った僕は、こうして学校の屋上へと足を踏み入れていた。


(やっぱり、怖いな……)


 いくら死ぬ覚悟できても、死の恐怖を感じない訳がない。手すりを乗り越え、屋上のヘリから下を見る。地面が遠くに見え、足が細かく震え出す。頭が徐々に真っ白になっていき、冷や汗が頬を伝う。


「……バイバイ」


 それだけ言い残して、僕は屋上から身を投げた。落ちていく感覚がわかる。頭から下に落ちていき、風が僕の肌をきる。怖い……怖い。落ちていく速度は速いはずなのに、やけにゆっくりに感じる。頭の中で、親の顔や奴の顔、好きだった子の顔が浮かんでは消える。これが走馬灯というやつなのだろうか。


「……………ぁ」


 グシャッ


 この音を聞いた瞬間、僕は命を手放した。


 ◇ ◇ ◇


 暗い。何もない空間に、僕だけ置いてかれた気分だ。何も見えない。体の感覚は……ある。僕は生きているのか?……生きてしまっているのか?でも、腕を上げようとしても全然上がらない。足もピクリとも動かない。何だこれ……死ねなかったのに、植物人間になったなんてシャレにならないぞ……。ここはどこだ?僕はいったいどうなって……?


『聞こえますか?伊藤 拓。あなたは、学校の屋上から身を投げ、しっかりと命を落としましたよ』


 誰だ?暗い空間の中から誰かの声が聞こえる。女性だ。どこまで透き通る美しい声だ。もし、生きていた頃に聞いていたなら、心を奪われていただろう。しかし、ここは異様な空間の中だ。状況によっては、恐怖の対象へとなる。


『そういえば、あなたは今、目がなかったでしたね』


 女性はそういうと、なにやら呪文を唱え始めた。そして次の瞬間、僕の体に熱が生じた。体温ではない。外部からの熱波だ。すると、徐々に視界が広がっていく。ようやくこの暗闇から解放される。


「なんだ……よ……これ……」


 しかし、僕の視界に飛び込んできたのは、関節があらゆる角度に折れ曲がり、見るのも無残な自分の体だった。体を動かせなかった理由も、これで納得した。


「その体は、あなたが死んだ時と同じ状態になっています」

「へ……?」


 頭上から声が聞こえ、首だけ声の方へ向くと、銀髪ロングの綺麗な女性が立っていた。手には大きな杖を持っており、僕を見下ろしていた。体がこんな有様なのだ。立つのはもちろん、座ることさえままならない。


「……治してくれたりはしないのか?」


 いくら痛みが感じないとはいえ、この格好だとなにかと不便だ。さっき目を直してくれた魔法を使ってくれれば、この体も治るはずだけど……。


「めんどくさいので嫌です」


 このアマ……!!この一言で、僕の彼女に対する印象が悪くなった。ぐぬぬっと女性を睨みつけたが、女性はそれをさらっとかわし、話を続ける。


「私の名前はスエリス=マーム。端的に言えば、“神”とう呼ばれる存在です」

「神……?」


 いきなりそんな事を言われても、全く現実感がない。神とか、空想の中の存在だ。それが今、自分の目の前に……?やはり、そんなに早くは受け入れられなかった。


「まぁ、こんな事急に言われても、動揺する気持ちは分かります」


 動揺している僕を見て、「でも」と続ける。


「あなたが早く受け入れないと、話が進まないのでちゃっちゃと理解してください」

「うぐっ……」


 この神、何かと棘のある言い方をしてくる……。でも、この体でも生きているという事実と、僕の目を治した事実が、スエリスが神という事を証明していた。信じるしか……ないか……。


「……どうやら理解したようですね。では、時間もないので率直に言わせていただきます」


 スエリスは一呼吸置いてから、言葉を続けた。


「あなたには異世界に転生していただきます」

「…………………は?」


 またしても理解が追いつかなくなった。異世界に転生する?なんだそのラノベ的展開は……。いや、この状況も大概か。


「転生って……僕はもう生きるのに疲れたから自殺したんだ。なんでまた生きなきゃならないんだ……」

「……あなたならそう言うと思っていました」


 スエリスは少しため息をついたが、すぐに僕を見た。


「あなたの人生を少々調べさせていただきました。結構壮絶な人生でしたね」

「……ほっといてくれ」


 そう思うなら、もう楽にさせてくれ……。しかし、僕のそんな気持ちを知ってか知らずか、話を続ける。


「あなたの人生は、良い事は無いに等しかった。しかし、あなたは今まで生きてきた。生きる努力をしてきた。なら、その努力が報われてもいいのではないでしょうか?」

「…………」


 スエリスは続ける。


「あなたにやり直すチャンスを与えます」

「やり直す……チャンス?」


 僕はその言葉に希望と、喜びと、恐怖と、恐ろしさを感じた。正直なところいえば、まだ生きていたかった。死にたくなかった。でも、生きていくとなると、また同じ辛さを味わうんじゃないかと言う恐怖もあった。


「さぁ、決めなさい。惨めにでも生きるか、何もない空っぽな人生で終わるか。決めるのはあなたです」

「っ……!!」


 僕はまだ、生きててもいいのかな……?

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