第14話 雨川6
カーテンを開ければ、向かいの歩道を歩く朝香がちょうど見えた。
買い物袋からネギがはみ出ていたところを見るに、近くのスーパーにでも行っていたのだろうか。
一週間ほど前、例の廃墟での一件もあって気にかかっていたが、元気そうで何よりだった。
「そんなに気になりますか? 彼女のこと」
雨川が一人頷いていると、小夜が声をかけてくる。
彼女の声には棘があり、その表情もどこか冷たい。
「確かに美人だと思います。髪はふわふわで、スレンダーなのに胸とお尻は大きくて。どこか保護欲を誘う雰囲気は、さぞ男心をくすぐるのでしょうね」
「そういう意見もあるな……」
女性が他の女性を評する時、男はただ黙っているか合わせるしかない。
「しかし毎日毎日、ちらちらと。まるでストーカーのようですね」
なるほど、そう思われていたのか。
雨川は一人納得する。
最近どこか冷たい彼女の態度に対する疑問が解けたところで、カーテンを閉めた雨川は否定するように手をひらひらと振った。
「ちげえよ。頼まれたんだよ。友達がストーカー被害にあってるかもしれないから、気にかけてやってくれないかって。それでまあ、引き受けた。偶然にも家が近いようだったし」
最初に真昼から話を聞いた時は驚いた。
しかもその友人があの四条朝香だと知って、妙なめぐり合わせを感じたものだ。
「そういうことでしたか。いえ、安心しました。雨川さんの愚行をどうやって阻止しようかと、実は最近悩んでましたので」
「冗談だろ?」
「冗談です」
本当に冗談なのだろうか。
小夜は基本的に真顔なので、冗談を言う時もいまいちわかりずらい。
「ちなみにどうやって阻止するつもりだった?」
「身体で」
「からだぁ?」
「私の処女を捧げてでも」
「ん?」
「めちゃくちゃ動揺するじゃないですか」
「してねえよ。大体それもそれで犯罪じゃね?」
「あ、うっかりしてました。卒業するまでもう少し待っててくださいね」
「冗談だろ?」
「冗談です」
再び真顔のままとんでもない冗談を言う小夜。
雨川のことを、田舎で祀られている悪い神様か何かと勘違いでもしているのだろうか。
しかし二度も連続で冗談を言うなんて、今日の彼女は機嫌が良いのかもしれない。
「まあ四条さんのことを気にかけていた理由は分かりました。でもそのストーカーってもう捕まりましたよね? というか雨川さんが警察に突き出しましたよね。確か……宮田とかいう」
「あの日は大変だったな」
無垢の趣味だという心霊スポット巡りに付き合わされ、雨川たちは近くの廃墟へと向かった。
そして適当に散策していると隠れている宮田を見つけた。
彼は朝香や真昼の同僚で、なぜこんなところにいるのかと尋ねても何も言わず、 終いには無垢に襲い掛かろうとしたため雨川が取り押さえた。
それからしばらくして、朝香がやってきたのだが。
「いきなり気絶しちゃったからな」
「あの趣味の悪いマネキンですね。あれを使って四条さんは呼び出されたそうですが、恐怖とストレスから本当に水無瀬さんに見えたのでしょうね。けれど気絶したのは、そもそも雨川さんが怖がらせる感じで、あの場に誘導したせいでもあると思います」
「知るかよ。あの時は真昼が勝手に呼んだんだろうって思ってて。肝試しとかってそういうもんじゃん?」
「可哀想でした」
「せっかく来たなら楽しんでもらおうって思っただけだ」
「可哀想でした」
後に目覚めた朝香に事情を訊き、申し訳ないことをしたと思う気持ちはあったが、知らなかったものはどうしようもない。
「宮田が悪い。あんな所に行こうと言い出した無垢も悪い。朝香ちゃんからの連絡を一切見てなかった真昼も悪い。俺は悪くない」
「うわ……」
ため息をつき、呆れたように首を振る小夜を見て、雨川は口を尖らせた。
「だからほら! 脅威のなくなった今でもこうやって、アフターサービスで監視をだな――」
言いながら再びカーテンを開け、向かいのマンションに雨川は顔を向けた。
「それはただの迷惑というか、第二のストーカーが誕生……どうしました?」
雨川が首を傾げていると、小夜が怪訝な表情をしながら聞いてきた。
「ん、いやなんかあれ、今一階でエレベーターを待ってる配達員……」
「はい。あの人が?」
「さっき見た時から一人だけずっと外でサボってたんだけど、朝香ちゃんが帰ってきてから追いかけて行ったような」
「雨川さんみたいな人ですね」
どこらへんが雨川さんみたいなのだろうか。
小夜の見解に否定を挟みたいところではあったが、集中したい雨川は鼻で笑って流した。
「なーんか怪しくね?」
「そうでしょうか」
「だって他の人、まだ下で作業してるし」
引っ越し業者の出入りにより開け放たれたエントランス。
それなりにセキュリティのしっかりしたマンションだと聞いたが、今は誰でも出入りが可能である。
「念のため、行ってみるかな」
「さすがにこじつけ過ぎでは?」
まさに小夜の言う通りなのだが、どうしても気になった雨川は玄関へ向かった。
別に何もないなら何もないでそれでいい。
ただ後悔はしたくなかった。
あの時のように。
「やっぱり雨川さんも、四条さんのような方が好みなんですね」
「なんでそうなる」
「そうやって理由を作って近づいて……よくないですよ」
「ただのアフターサービスだが」
「犯罪者予備軍……」
「行ってくる!」
「あ、待ちなさい! 犯罪者!」
不満そうな表情をした小夜に戸締りを任せ、雨川は外へ出た。
勢いよく道路に飛び出した際に、通りがかった車にクラクションを鳴らされるも、問題なく通り抜ける。
「エレベーターは――」
さすがにエントランスに走って飛び込んできた雨川に、作業中の配達員から奇異の視線が寄せられるも、特に何も言われない。
まあ住民かどうかわからない以上、こんなものだろう。
エレベーターはすでに上昇中だったため、雨川は階段を駆け上がる。
「あれは……」
最上階に達した雨川が息を整えつつ朝香の部屋がある方角を見る。
後から考えれば十分おかしかったのだが、最初はよくわからなかった。
朝香の姿は見えず、業者が玄関に顔を覗かせているだけのようにも見えたからだ。
ひとまず安堵の息を吐きながら、様子を見守ろうとした。
そしてその瞬間、雨川の耳に助けを呼ぶ小さな声がはっきりと聞こえた。
「――な!」
素早く近づいて、今にも部屋に入り込もうとしている業者を引っ張り倒した。
玄関の扉は自重で閉まる。
「鍵を閉めろ!」
聞こえているか分からないが雨川は叫ぶ。
尻もちをついた業者は反転しながら立ち上がり、手を伸ばしてきたのでその手首を掴んだ。
思っていたよりも掴んだ腕に力はなく、手首は力を込めれば折れそうなほどに細かった。
そのまま数秒ほど、抜け出そうと腕を払おうとしていた相手だが、力では敵わないと思ったのか脱力した。
「いてて。もう逃げないから、離して……」
言いながら、空いていたもう片方の手で帽子をとる。
帽子の中でまとめられていた髪がはらりと垂れた。
「いいところで来るじゃん、お天気君」
振り向いた時からまさかとは思っていたが、朝香の部屋に押し入ろうとしていたのは無垢だった。
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