第二章 真昼

第16話 真昼1

 朝香に対するストーカー騒動は、兄である雨川の手によって終止符が打たれた。

 その後いつまでも朝香の部屋の前で話しているのも落ち着かなかったため、五人は雨川代行事務所へと場所を移していた。


「おら、いくぞ。犯罪者」

「はぁい!」


 朝香に金輪際近づかないという念書を書かされた無垢は、まるでペットを散歩に連れて行くかのように雨川に連れ出されていく。

 一体何が起こっていたのか、兄に詳細を聞きたいところではあったが、今日は忙しそうで後日になりそうだった。


 何となく解散という流れになったものの、朝香と小夜そして真昼の三人は事務所に残ったままだった。

 扉が閉まり、雨川の背を追っていた三人の視線が互いを行き来する。

 妙な空気が室内に流れた気がした。

 どこか逃げ出したい衝動に駆られるも、逃げれば負けてしまうようなそんな雰囲気。


「なあ、二人に聞いてみたいことがあるんやけど」


 そんな中、初めに沈黙を破ったのは真昼だった。


「そうだね。私も……」

「お茶を淹れますね。お二人は、お好きな席に座って待っていてください」


 きっと皆似たようなことを思っていたのだろう。

 提案はすんなりと通った。

 真昼と朝香は顔を見合わせ、同じソファに二人で座る。


「しかしあの天真無垢がなぁ」

「そうだね、驚いちゃった」


 小夜を待っている間に朝香と雑談を交わす。

 張り詰めていた空気がやや弛緩するも、なぜか互いにぎこちない。

 結局それ以上会話は続かず終わってしまった。


「お待たせしました、どうぞ」

「ありがとう」

「ありがとうな」


 手際よく飲み物を準備して、机に置いていく小夜を見ながら真昼は口を開く。


「小夜ちゃんっていつから兄貴のとこで働いてるん? てか、助手で合ってる?」

「半年ほど前でしょうか。賃金は頂いておりませんので働いているとは言えないかもしれません。分かりやすいので対外的には助手で通してます」

「え? ええの? それ」

「何がでしょうか」

「いや給料とか、年齢も……高校生やんな?」

「はい、近くの高校に通っています。給料に関しては私の方からお断りさせていただいております」

「まさかとは思うけど、兄貴に脅されて……とかはないよな?」

「ありません」


 真昼が素朴な疑問を並べるも、小夜は涼しい顔をして淡々と答えていく。

 未成年や無給といった言葉が思い浮かぶも、本人は一切気にしていないようで表情は変わらない。

 何なら雨川を疑った際に、一瞬怒ったような気配が滲み出たような気がした。


「その辺りに関しては雨川さんとも何度も話しました。あと私は好きでここに遊びに来ているだけですので。それはお間違えなきようお願いします」

「それは、分かったけど」

「高校か大学卒業後、改めて就職するまでは今のままだと思います」

「ん? 小夜ちゃんはこんなとこ……この事務所に就職するつもりなん?」

「はい。雨川さんにはまだ内緒にしてますので言わないでくださると助かります」


 少し楽し気な雰囲気を出しながら、小夜は言う。

 間違った意見を特に言った覚えはなかったが、小夜と話している内に段々と自分の方が間違っているような気がしてきたのはなぜだろう。

 言葉の見つからなかった真昼は眉間に皺をよせると、朝香の方を見てみた。


「ここって募集とかしてたんだ……どうしよう」


 何がどうしよう、なのか。

 あと募集は特にしていないと思う。

 思ったような反応がもらえず、すぐに視線を小夜に戻した。


「そ、そうなんや。ちなみに助手ってなにしてるん?」

「事務所の管理や雨川さんの管理ですね」

「ん? 兄貴の管理ってなん――」

「まあ色々です」


 真昼の疑問に対して、素早く言葉を被せてきた小夜はカップを啜る。

 なんだかはぐらかされたような気がするが、彼女は話はこれで終わりという雰囲気を醸し出していた。


「そう。ま、小夜ちゃんが楽しいならそれでええわ」


 一体何をどうして兄はこの状況に落ち着いたのだろうか。

 訊けば訊くほど生まれてくる疑問を解決するには、隙の少なそうな小夜を相手にするよりも、兄の方に訊いた方がよいだろうと強引に自分を納得させた。


 そしてそれよりも、ここまでの話を聞いたなら、小夜に聞いておきたいことはあと一つ。


「小夜ちゃんは――」

「もしかして、小夜ちゃんって雨川さんのことが好きなの?」


 真昼が言い淀んでいると、朝香がさらりと言った。

 これを自然に聞けるのが朝香の良いところである。


 小夜はあまり感情を表に出さないが、雨川の話が絡んだ時はやや饒舌になり、表情にも変化が現われる。そんな印象だ。

 給料もないのに好きで遊びに来て、本人曰く管理をする。

 これで違うというのは無理がある。

 真昼はにやけそうになる口元を、運んだカップで隠した。


 実際結果なんて分かりきっているが、直接聞くというのは大切だ。

 小夜は朝香を見た後、真昼にも視線を向けてからゆっくりと口を開いた。


「お二人の方こそ、どうなんでしょうか」


 小夜は明言を避け、彼女の返す刃に朝香と真昼は何も言えず沈黙した。

 事務所内はしばらくの間、カップをかちゃかちゃと動かす音だけが響いていた。


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