ストーク ストーク ストーカーズ
冷静パスタ
第一章
第1話 雨川1
「……おっと、そろそろか」
机上に積み上げられた本の中心で、
カーテンの隙間からは朝の陽ざしが差し込み、気付けば室内が明るくなり始めていた。
本の山に埋もれるようにして置いてある置時計を一目見た雨川は、読みかけの本を閉じると椅子から立ち上がる。
固まった背中を伸ばして、洗面所に向かい顔を洗った。
そしていつもの時間、いつもの段取りでカーテンを開ける。
車通りの少ない一車線の道路。歩道には勤務先へ向かうスーツ姿の男女や、近くの高校へ向かう学生、犬の散歩をする老人。
見慣れた朝の風景だった。
「今日は、少し遅めだな」
しばらく外の景色を眺めていた雨川はぼやく。
道路を挟んで向かいにあるマンション、その最上階の一室から若い女性が姿を見せた。
ビジネススーツの馴染んでいない感じからして、社会人一年目か二年目くらいだとあたりをつける。
大学を出たと仮定するなら、雨川と年は近いだろうか。
角部屋に住む彼女は、見るからに焦った様子で中央付近にあるエレベーターまで小走りで駆けた。
途中一度姿が消えたと思ったら、のそりと塀の向こうから現れる頭。
どうやら転んだらしい。
彼女が少し先にあるバス停から通勤をしていること、さらにはバスの到着時刻がもう間もないことを知っている雨川としては、なんともじれったい気分になってしまう。
頑張れ、と心の中で願うも状況は彼女にとって悪い方向へと向かっていた。
雨川がいる方角だからこそわかることだが、外から見えるガラス張りのエレベーターは、現在他の利用者によって一階へと向かう途中だった。
つまり彼女のもとにエレベーターが来るのはもうしばらく後のことなのだ。
もしかしたら各階にも利用者がいるとなると、階段を使用した方が早いかもしれない。
結局階下表示を見て雨川と同じ結論に至ったのか、彼女は階段を降り始めた。
そして無情にも彼女が一階へと辿り着き、エントランスを出たタイミングで、乗車予定のバスが目の前を通り過ぎていく。
バス停はそう遠くはないが、ここですれ違った以上発車時刻には間に合わないだろう。
「あーあ」
雨川はこらえきれず小さく笑った。
通り過ぎるバスを目で追いつつ、ひどい裏切りにあったとでもいうような表情をして、一人立ち尽くす彼女は中々喜劇的である。
裏切ったのはバスではなく、彼女の方なのに。
「やべっ」
雨川はカーテンの影に隠れた。
彼女の様子を見て笑っていたことに気付かれたのか、実際どうかは分からなかったがこちらの方向に振り向いた気がした。
時間を空け、そろりとまた外の様子を伺うと、肩を落とした様子の彼女がゆっくりと歩き出すところだった。
雨川のいる方向を気にしていたような気がするが、きっと気のせいだろう。
カーテンを閉めたあと、先ほどの彼女の表情と行動を思い出し、また少し笑った。
やはり彼女は、見ていて飽きない存在である。
朝の日課を終えた雨川が寛いでいると、郵便受けを開ける音が聞こえた。
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