第46話 罠

 今俺は走っている。

 中々早く動いてくれない足を精一杯動かして走っているのだ。

 罠を仕掛け終えてこうして走り出したのは今から大体20分前。

 もう体力が底をつきそうだ。

 自分の体力のなさが本当に嫌になる。

 ちらりと隣を見ると、疲れた様子などまるで見せずに走っている夏樹の姿があった。

 そうだ。この人は天才的に運動もできたのだ。

 足だって速いはずだ。

 なのになぜ俺は、ここから走るけど大丈夫かと聞かれた時に、問題ないと即答してしまったのだろうか。



「力を使った罠ってどうやるの?」

 聖大公堂を出てすぐに、当然の疑問を加恋が声に出した。

「これを使うんだよ」

 夏樹がそう言って取り出したものは、長い縄のようなものだった。

「これを手に巻いて力を放つと、力の塊が出るんだ。それは石みたいな見た目をしてるからその辺に置いていても気づかれない」

「でもそれってシンジロウさん以外の人にとっては危ないものなんじゃない?」

「大丈夫。罠をはるときに、対象の人物を思い浮かべていれば、その人にだけ発動するようになってるから。あ、あとこれは力が強い人がやるようにしてね」

 夏樹の言葉に、俺は小さく息をのんだ。

 力が強い方。俺だ。

 黒い力を出してから、俺まだ一度も力を使っていない。

 大丈夫だろうか。

 そんな俺の不安を見透かしたかのように、夏樹が言葉を続けた。

「力が大きすぎたり小さすぎたりしてもこの縄が調整してくれるから安心だよ。それじゃあ星也君たちは街方面へ。僕らは街のはずれの方へ。連絡は星也君と僕で取り合う。じゃあ、散ろうか。皆元気でね」

 ここででしばらくは星也たちともお別れだ。

 少々寂しい気もするが、ここで立ち止まるわけにもいかない。

 俺たちは小さく手を振りあい、すぐに駆けだした。

 ここで星也達とは別れてしまっているため、このあと2人がどのような行動をとっていたのかは詳しくは分からない。

 ある程度遠くに来てから、俺は夏樹から縄を受け取り手に巻いた。

 チクチクする縄で手が締め付けられて、少し苦しい。

「春樹、落ち着いてね」

「ああ」

 そうだ、落ち着かなければならない。

 俺は息を整えて、手に力を込めた。

 力が熾きあがるのを感じる。

 今まで俺は緊急事態の時に、無意識のうちに力を出したことしかない。

 だから、力を出すとはこういう感じなのかあ、という感想が頭に浮かんできた。

 体内の何かを吸い取られているような、少し気持ち悪い感じ。

 力を使って人を殺してきた人は、こんなものを感じてまで殺りたかったのか。

 俺には理解できない感性だ。

「力、出たね。よかったじゃん」

「あ、ああ。ありがとう」

 それから少しの間力を放ち続けていると、ころんころんと石のような物体がいくつも手から落ちてきた。

「これが罠?」

「そうだよ。石そっくりでしょ」

 俺は石にしか見えない力の塊を1つ手に取って眺めた。

 近くで見れば見るほど本物の石にしか見えない。

「マジで本当の石みたいだな」

「だね」

 夏樹は俺に相槌を打ちながら、その石を拾っては周りに投げている。

「何してんの?」

「一か所にばっかり固まってあっても意味無いでしょ。散りばめておかなきゃ」

「ああ、なるほど確かに……」

 俺も手に持っていた石を遠くに投げ見る。

 すると思いのほか遠くにとんで、

「いや春樹、それは遠すぎ」

 案の定夏樹に突っ込まれてしまった。

「これで罠はいいかなあ」

「もういいんだ?」

「うん。だってさあ、罠張った琴子でシンジロウさんには通用しないと思うんだよね。だからさっさと逃げる。これから結構走るけど大丈夫? 少し休んでから行く?」

「や、大丈夫。問題ない。早く行こう」

「わかった。じゃあついてきて」

 そうして俺たちは走り出した。


 今考えてみるとここで少し休んでおいた方が、今後の為になっただろうに、全く馬鹿な選択をしたものだ。

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