第31話 分からない

 聖大公堂を出ると、星也はもうそこにはいなかった。

 まっすぐに資料庫に向かったとは思えない。

 だったらどこに行くだろうか?

 庭園? まさかシンジロウさんの部屋か? 

 近い場所からつぶしていくために、俺は来た道を引き返しシンジロウさんの部屋に飛び込んだ。

「春樹。どうした? そんなに慌てて」

 俺の慌てようが半端ではなかったのだろう。シンジロウさんが面食らっている。

 だが今はそんなことには構っていられない。

「星也は? 来なかった?」

「星也? 来てねえな。つうかお前ら今日は復旧作業だろ?」

「そう、来てないんだ。ありがとうございます」

 シンジロウさんの問いには答えず、簡単に礼を言ってから俺は聖大公堂の外に向かった。

 シンジロウさんが明らかに驚いて何があったのか聞きたそうだったが、今回は気づかないふりをさせてもらった。

 星也が行きそうな場所はどこだろうか?

 ここで俺はとある問題に気が付いた。

 それは、俺がこの町にある場所のほとんどを知らないということだ。

 ミクリとは基本的な場所にしか行っていないし、その後はほとんど資料庫とシンジロウさんの部屋で過ごしていた。

 星也が俺から本気で逃げようとしたら、俺が見つけることはほぼ不可能だろう。

 だったらいっそのこと、資料庫に戻って昼休み終わりに星也が戻ってくるのを待った方がいいか?

 そこまで考えたところで、俺の歩く足は止まってしまった。

 こんな時、2人の思い出の場所のような場所があるといい。

 色々探し回った後に、思い出の場所に行って再会する、というのがパターン的に多い。

 が、残念ながら俺たちにそんな場所はない。強いて言うなら資料庫か。

「行ってみる価値はあるか……」

 俺は足を動かして資料庫へと駆け出した。

 普段は近いはずの資料庫が、今はやけに遠く感じる。

 やっとの思いで資料庫に到着、中を覗くと、何名かが昼食をとっていた。

 そこに星也の姿はない。

「おあ、春樹君だっけ? どうしたの?」

「へっ? あ、え、いえ別に……」

 突然背後から声をかけられ、びくりと肩を震わせる。

「そんなに汗かいちゃって。片付けはまだまだこれからだってのに、運動でもしてきたの?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「あれ、もう1人の子は? ええと確か、せい……せいなんとか君は?」

「星也です」

「そうそうその子。一緒じゃないの?」

「あ、えーと」

 どう返したものか。

 嘘を吐くのは得意ではない。

 だが、正直に話してしまったらことは大きくなり、星也にも迷惑がかかること間違いないだろう。

 だったら、俺は嘘を吐こう。

「俺だけ走ってきちゃって。もうすぐ来ますよ」

「ふうん。そうなんだ?」

「はい」

 真実を見抜こうといわんばかりの視線から目をそらさないよう、その目をしっかりと見つめ返した。

「そっか。1人で走ってくるなんて変わり者だね。なんていうか、嘘を吐こうとしたけど吐ききれてないみたいな。でもまあ、君がそういうならそういうことにしといてあげるよ。だとえそれが嘘でもね。僕のことはナツキって呼んで」

「は、はあ……」

「なんかあったら言ってねー。こう見えて僕、結構頭いいから」

「はい……」

「そいじゃあ、またね」

「はい」

 頭がいいとか、自分で言うことだろうか。

 そう思ったが、そんなことはどうでもいいのだ。

 資料庫にいないとなると、いよいよどこに行ったのかが分からない。

 昼休み終了まではあと20分。

 できれば昼休み中に仲直りをしたいものだ。

「お」

 ぴかーん、と、頭にいい案が浮かんだ。

 聖大公堂の屋上。

 あそこはかなり高さがあったはずだ。

 そこから町を見渡せば、星也を見つけることができる気がする。

「はああ」

 思わずため息が出た。

 もっと早く思いついていれば、わざわざ資料庫まで来て何か変な人に絡まれる必要はなかったというのに。

 そういうえばシンジロウさんと初めて出会った時も、変な人だと感じた。

 もしかして、ナツキさんも案外頼りになる人なのか……?

 いやいや、さすがにそれはないだろう。

 馬鹿みたいな考えをすぐさま頭から振り払う。

 俺は全力で今来た道を引き返した。

 しかし既にかなりの距離を全力で走っているため、疲労でスピードが落ちている。

 俺は後ろから感じる気がする視線から逃げるように、必死で走った。


「は……」

 聖大公堂は高い。

 この世界に立っている建物の中で最も高い建物だ。

 しかし、もう1つだけ、聖大公堂と同等の高さを誇る場所があった。

 それを建物と表現するにはかなり無理がある。

 何故ならそれは建物ではないからだ。

 聖大公堂からかなり距離がある場所にそれはある。

 今からそこに行ったら、帰ってくるまでに昼休みはおろか、今日の作業は終わってしまうのではないかというほどの距離だ。

 帰ってくるまでにというか、向かっている最中に確実に昼休みは終わることだろう。

 しかし、星也はそこにいた。

 きっと午後の作業もすっぽかすつもりなのだろう。

 だったら俺も、午後の作業はすっぽかして星也の所に行かせてもらおう。

 高く高くそびえたつ崖。その上の草原の、さらに上にある展望台に、星也はいる。

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