第25話 可能性

 星也がシンジロウさんにエレベーターに対する文句を言いながら、食堂に到着した。

 星也らしくもなく、ぶちぶちと文句を垂れていた。その姿は少し面白かったりもした。

 そして当然、食堂に来るまでの道にも人はいなかった。

「すみません、少しお伺いしたいのですが」

「はい……? なんでしょう?」

 いつもご飯を渡してくれるお姉さんが、見るからに警戒している。無理もない。なにせあんなにもたくさん殺人犯が出回った後なのだ。

 ここにいるだけでも怖いだろう。

「人を見ませんでしたか?」

「人……ですか?」

「人といっても、そうですね。俺と同じくらいの年齢の女子を連れた男性を見ませんでしたか?」

 俺がそう聞くと、お姉さんは考えるそぶりを見せることもなく、即答してきた。

「見てないですね。皆さんご存知の通り、最近は危険なので歩いている人は全くいないんですよ。今日だって皆さんしかここを通っていませんので」

「そうなんですか……。ありがとうございました」

 何となく想像できていた返事を受け取り、その場から離れようとする俺らを、しかしお姉さんは引き留めた。

「待ってください。見てはいないのですが、音なら聞きました」

「音、ですか?」

「はい。会議室の方から大きな声が2つほど。とても怖かったですよ」

「何を言っていたか聞こえましたか?」

「いえ、さすがにそこまでは……。あ、でも、単語は聞こえました。たしか……人気のない場所、やつら、逃げる……みたいなことを言っていました」

「ありがとうございます」

「いえいえ」

 優しそうなお姉さんの情報をもとに、俺らは作戦を立て直すことにした。

 さすがにお姉さんの前で話すことはできないので、ガラガラにすいている食堂の1つの席を借りることにする。

「どうする?」

「会議室より人気のない場所か……。多分あいつは自分の危険なんか気にしいねえタイプだ。こうなってくると聖大公堂の外っつう可能性も出てくるな……。いや、その前にあいつの部屋を探す方が賢明か?」

 シンジロウさんの言葉を受けて、俺らはどちらが良いのかを考える。

「どっちも難しいね」

「ああ。部屋を探し当てるのには時間がかかるし、外に出るのは危ないしな」

「あ、でもさあ。人殺しをするような人たちはアランが全員片付けちゃったんでしょ? だから言うほど危なくはないね」

「そうか。多分あいつはそのこと知らねえよな。外に出てったならその方が探しやすい」

「だね。シンジロウさんはどう思う?」

「うーん。そうだなあ……」

 シンジロウさんはしばし思案顔をになり、その考えを口にした。

「だな。外を探した方が可能性が高い。が、外も広いぞ? どこから攻めていく?」

「資料庫から」

 星也がさも当然のことのように告げてくる。

「資料庫って普段から全然人が来ないの。だから、いけないことをするにはもってこいって場所」

「なるほど。じゃあ資料庫から攻めてくか」

 俺らは再び歩き出す。

 しつこいようだが、エレベーターの件でかなり時間を無駄にしている。

 つまりどうなるかというと、やはり資料庫へ向かう道は無言で黙々と歩き続けることになるのだ。

 だから向かっている最中のエピソードして話せることは皆無だ。怒らないでほしい。

 そんなこんなで俺たちはさっさと資料庫に着いた。

 ガチャリと音を立てて扉を開く。

 資料庫の中を見た俺は小さく呟いた。

「ビンゴだ」

 前の事件で荒らされた資料庫の中に人が2人。

 そのうちの1人がさらに争うとしている現場に遭遇した。

 俺たちの登場に気が付いた加恋の兄ちゃんは、驚きを隠そうともしなかった。

「お前ら、どうしてここが分かったんだよ……!」

「やー、僕らの推理力、馬鹿にしないでくれる? とりあえず、君はゲームオーバーだよ」

 言いながら、俺たちはどんどん2人に近づいていく。

「助けて!」

 そう言う加恋の目には、涙が浮かんでいた。

 しかし身体の傷は言うほどひどいものではなく、それはこの兄ちゃんが弱く、そして結局のところ人を傷つけることができないということを語っていた。

 シンジロウさんが素早く加恋を助け出す。

 残された兄ちゃんは逃げるすべを探しているが、もちろん逃げられるはずもなく。

「あー、お前、安全家に同行してくれ」

「は……? 馬鹿言うなよ。あんな所に行くのは御免だ!」

「お前前科でもあんの? 春樹、俺はこいつつれて安全家にいく。お前らは加恋と一緒に俺の部屋に戻ってろ」

「わかった」

 俺たちはシンジロウさんが出ていくのを見届けてから出発することにした。

「加恋、大丈夫だった?」

「うん……。ありがとう、助けてくれて」

「あ、いや」

 お礼を言われて照れたのか、星也が視線を逸らす。

 その目に映るのは、荒らされた資料庫。

「しかし本当にひどい。資料庫をこんなにするなんて……。歴史が詰まった場所なのに」

 寂しそうに星也が呟いた。

 少しの沈黙の後、加恋が発した言葉は、意外なものだった。

「あ……思い、出した」

「加恋?」

「私が死んだ理由……!」

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