第17話 修復

 20分後。

 俺は聖大公堂の裏のすみっこで、1人膝を抱えて座っていた。

 考えなしに外に出てきてしまったが、今外にいるのはとても危険だ。

 しかし中に戻るのも少し、いやかなりばつが悪い。

「なんで俺あんなこと言ったんだ⁉ 馬鹿じゃねえの⁉」

 星也の傷ついた顔が頭から離れない。

 いくらイラついていたからとはいえ、あれは少し言い過ぎた。絶対言い過ぎた。

 かといって、今すぐ戻って謝るなんてことは、俺にはできない。

「もう嫌だ……」

 力が出ないから、星也にあたったようなものだ。

 俺は大きなため息をつき、頭を抱えた。

 自己嫌悪の嵐が襲ってくる。

「はああああああ」

 大きなため息をもう1つ。

 マジでどうすりゃいいんだこれ。

「寒いな……」

 季節がないこの世界だが、天気というものは存在する。

 つまり何が言いたいのかというと、今、冷たい風が俺に吹き付けてきているということだ。

 身体を震わせて、服に顔をうずめる。

 それで温かくなるわけでもないんだけれど。

 ぶるぶると震えていると、小さな足音が聞こえてきた。

 殺人犯か、あるいは安全家か。いずれにせよ、あまり見つかりたくない。

 建物の陰に身を隠し、顔を伏せて見えないようにする。

 そうしている間にも、足音の主はどんどんこちらに近づいてきて、ついに俺の前に現れた。

「……春樹君、見つけた」

「え……?」

「外は危ないよ。早く戻ろう?」

 俺の目の前に現れた影の持ち主であるところの星也が、どこまでも優しくそう言ってきた。

「ほら、立って」

 そう言って星也が右手を差し出してくる。

 俺は顔を上げてその手を取ろうとするも、すんでのところで踏みとどまった。

「お前こそ早く戻れよ。外は危ないんだろ?」

「春樹君……」

 そして俺はぷいっとあさっての方を向いた。

「今俺に話しかけたら、また何か言っちまうかもしれねえだろ。シンジロウさんのとこに戻れ」

 すると星也は、今の俺の言葉を無視して隣に座った。

「シンジロウさんには言ってないよ。黙って探しに来ちゃった」

「来ちゃったってお前……。俺あんなこと言ったのに」

 ああ、それね、と星也が笑う。

「確かに正直傷ついたよ。お前にはわからないって、そんなこと、言われたくなかった。そんな言葉で突き放すくらいなら、話してほしかった」

「……ごめん」

「謝らなくていいよ。だって、よく考えたら、春樹君はまだこっちに来たばっかりだから。多分、生きてた時に何かあったんだろうなって思った。来て間もないのに、その時の嫌な記憶話せっていう方が難しいもんね。もしかしたら死んだ原因だったかもしれないことだってあるから」

「っ……」

「だから、僕思ったんだ。もっと春樹君と仲良くなって、ゆっくり、少しずつ、何でも話せる中になれたらいいなって」

 そこで星也は俺の前に回り込んで、まっすぐに俺を見ていった。

「ごめんね。何も考えずにあんなこと言って。でも、春樹君が何を言おうが、僕は春樹君の力を信じてるし、仲良くしたいって思うよ」

「なっ……」

「春樹君は?」

 星也の目から、視線を逸らすことができない。

 その目は、少し怒っていて、困っていて、それでいてとても優しかった。

「俺の方こそ、ごめん。俺、星也を傷つけた。何も考えてなかったのは俺の方」

 俺がそういうと、星也はぶんぶんと顔を横に振った。

「そんなことないよ! 大丈夫だから! 何言われても僕は春樹君のことが好きだよ!」

 なんて、なぜか必死で星也が言ってくる。

 それに俺は小さく笑った。

「星也、なんか告白みたいになってる」

「嘘⁉ いやそういうつもりじゃないからね本当に!」

「はいはい、わかってる。俺も好きだよ」

「だから違うって! ん? ありがとう?」

 混乱している星也をよそに、俺は勢い良く立ち上がった。

「じゃ、外は危ないし帰りますか!」

「え⁉ あ、うん」

 星也も立ち上がり、2人で聖大公堂の表へ向かう。

 そこで、星也がある異変に気が付いた。

「ねえ春樹君……。この静かさ、ちょっと異常だと思わない? そして静かな割にに、大きな殺気を感じる……」

「……確かに」

「気を付けた方がいいかも」

「だね」

 そういって再び歩き出した。その時だった。

「気づくなんてさすがじゃない」

「! アラン……!」

「久しぶりねえ、2人とも」

 背後から現れたアランが、つかつかとこちらに近づいてくる。

「今の話、聞かせてもらったわ。なるほどね、春樹君は力を出せないんだ」

「……!」

 アランは、俺たちの反応を楽しむかのように、意地悪く笑った。

「まあ、そう怖がらないで。私、前に言ったじゃない? 今生きている人を消すべきだって。それを実行しているだけよ」

 アランは、俺たちの前まで来ると、歩みを止めた。

「殺人犯はほぼ全員殺ったわ。人を守ろうとする安全家の連中もね。ああ、でも安全家の中でも立場が上のやつらは消せなかったけれど。まあまた殺ればいい話だしね」

「クロウは、どうした。前にでっかいのがいただろ」

 星也が低い声で尋ねる。

 確かに、前にアランの後ろにいた巨人がいない。

「ああ、クロウね。彼なら死んだわ」

「……!」

「少しドジをしてしまってね。あっさりと死んでいったわよ。まあ、クロウがいなくても私1人で大丈夫なのだけれどね。そうよ、あんな雑魚共、1人で十分なのよ」

 アランは、笑顔のまま話した。

「ねえ、あなたたちに再び問うわ。私と組む気はない?」

「んなもん、あるわけないだろう」

「そう、それは残念ね」

 アランの顔から、表情が消えた。

「いいわ。私があなたたちを殺してあげる」

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