第14話 責任

 次の俺が目を覚ましたのは、半日後の事だった。半日後。外は真っ暗な夜だ。

 周りを見るとみんなが寝ていた。

 俺も寝ようかと思ったが、何しろずっと寝ていたのだ、もう一度寝ることはできなかった。

 ぼんやりとしているうちにだんだんと外は明るくなり、朝がやってきた。

 一番最初に目を覚ましたのは星也だった。

 星也はふああとあくびをすると、柔らかそうな髪を簡単にてぐしで整えて立ち上がった。

「あ、春樹君、おはよ」

「おはよう」

「いつの間に起きてたの? 夜は眠れた?」

「いやそれがさ、夜に起きちゃったからあんまし眠れなかったんだ。まあずっと寝てたから疲れてはないけどね」

「そっか」

 俺と星也の話声で、シンジロウさんと加恋も目を覚ました。

「んんー。おはよー」

「おはよ」

「あ、春樹も起きてたんだ。おはよー」

「おはよう」

 何気ない朝の挨拶をして、皆今日の準備に取り掛かる。

 準備といっても、シンジロウさんの店から持ってきた食べ物を軽く食べるとか、その程度だ。

 そしてみんなが朝食をとっていた時、シンジロウさんが小さくカーテンを開けて外の様子を確認した。

「シンジロウさん。カーテン開けたらここに僕たちがいるってバレちゃうよ?」

「んあー、まあ、もうすぐ出るから大丈夫だろ。というか、安全家が動きだしたみたいだぞ。そこらに警備が立ってる」

 その言葉に、星也が分かりやすく目を輝かせた。

「それに、人を殺すような輩も明らかに数が減ってる。安全家の効果は半端ねえな」

「それはそうだよ。安全家は、そういう力も強い人たちが選ばれるんだ。安全家の人たちは、フェイトディザスタア生き残りの常連だって聞いたことあるし」

 シンジロウさんは嬉々として話す星也をちらりと見ると、小さく笑った。

「まあ、そうだな。安全家は勝ち組なんだ」

 星也は食べかけのサンドウィットを飲み込むと、さっきまでの興奮はどこへやら、落ち着いた声で話した。

「でもさ、それってちょっと理不尽だよね。結局力の強いものが勝つんだから。そういう事実を突き付けられると、弱い人たちはやる気なくすよ」

「……そんなこというなって。お前は生き残るんだから」

「そういうことじゃないんだけどね」

 部屋が少し微妙な空気に包まれる。

 その空気を破ったのは加恋だった。

「ま、今はそういう話より聖大公堂に行くことを優先するべきでしょ。安全家が動いたなら尚更、今行くのがベスト。さ、行くよ」

「……そうだな。よしお前ら、忘れ物はないな?」

「シンジロウさんがそれ言う権利ないし」

「そういう正論はやめてくれ」

「正論ってことは認めるんだ?」

「あ……」

「じゃ、行きますか」

 揃って部屋を出る。

 ここに来た時俺は気を失っていたからここがどういうところか知らなかったが、意外と綺麗なところのようだ。

 廊下も隅々まで清掃が行き届いている。

 しかし、同じく綺麗なフロントに、受付の人はいなかった。

「ねえ、受付の人は?」

「それなら来た時からいなかったよ」

「どうせ逃げたんでしょ」

 当然のことのように言われたが、俺は疑問を覚えた。

「まさか無断で入ったの?」

「そうだよ?」

「はああああ」

「え、何」

「いや? 何でもありませんよ」

 状況が状況とはいえ、勝手に入るのはいかがなものだろうかと思ったが、多分そう考えているのは俺だけなのだろう、気にしないことにする。

 外に出ると、警備の人以外はおらず、殺人鬼はもちろん普通の人もいなかった。

「ひゃー、こんな堂々と外歩くの久しぶりー!」

「おい加恋、一応気ぃ付けろよ。安全家がいるとはいえ、外はまだ危ないからな」

「はいはい、わかりました」

 澄んだ空の下、温かい空気を吸いながら道を歩く。

 安全家の力はすごいな、なんて考えていた時。

 俺はその安全家が俺たち、いや、星也と俺を見ているのに気が付いた。

「なあ、なんか視線を感じるんだけど」

「そりゃそうだよー。だって2人、フェイトディザスタアについて説明してたじゃん? こんな事態になった責任とれよ的な感じじゃない?」

「えー……」

 そうだったのか。それってかなりヤバいんじゃないのか。

 一気に不安になってくる。

 きっと星也は俺以上に不安そうな顔をしているに違いない。

 そう思って星也を見ると、意外なことに、不安のかけらもない表情をしていた。

 星也は俺の視線に気が付くと、

「僕はそうなること、大体対予想してたから」

「そうなの⁉」

「え? ああ、まあ」

「そうすか……」

 この中で一番何も考えていないのは俺だということが判明した。

 ま、分かったところで俺は何も考えられないけれど。

「とにかく、急いで聖大公堂に行くぞ」

 シンジロウさんの声に、歩くスピードを上げる。

 だんだん、風景が見慣れたものに変わっていく。

 ヒストリア像のある公園も見えてきた。

「こんな事態になってるのに、神様は何もしないんだな」

 俺のつぶやきにシンジロウさんが答える。

「神々にはそれぞれ仕事があるんだ。こんなことに構ってられないだろうよ」

「ふうん」

 聖大公堂に近づけば近づくほど、警備員の人数は増えていった。

 やはり聖大公堂は守るべき場所なのだろう。

 そんな警備員たちの視線を受けながら、俺たちは聖大公堂に到着した。

「安全家が動いてから店を出発すればよかったな……」

「ちょ、それ私に言ってる?」

「そんなつもりはないよ」

「ふーん?」

「何はともあれ、ここに着けてよかったな。早速俺の部屋でこれからの作戦会議をすんぞ」

 その提案にうなずき、俺たちはシンジロウさんの部屋に向かおうとする。

 が、エレベーターに乗り込む前に、若い女性に声をかけられた。

「ちょっとお待ちになってくださぁい」

 その女性は、やたらと高くまとわりつくような話し方をしていた。

「伊野星也さんと、西島春樹さんで間違いありませんね?」

「……はい、そうですけど。何か御用ですか?」

 星也の冷たい反応に、女性はにっこりと微笑むと後ろにいるそびえたつ壁のような男性について紹介を始めた。

「彼はクロウ。安全家一強い人よ」

「そんなことどうでもいい。君は誰だ」

 星也はあからさまに警戒していて低くドスのきいた声でそう言ったが、女性は全く気にする様子もなくくすりと笑った。

 星也はわずかに顔をゆがめるも、それ以上は言葉を発さない。

「私はアラン。察しの通り安全家よ。2人に話があるのだけれど、ついてきてくれるわよね?」

「シンジロウさん、行ってもいい?」

「……ちゃんと戻って来いよ」

「うん」

「星也、行くの?」

「行くよ? もちろん春樹君も」

 俺たちの会話を聞いていたアランが、くるりと身をひるがえした。

「こっちよ」

「どこに行くんだ?」

「そんなに危ないところじゃないわ。ただの会議室よ」

 アランとクロウについていくと、ついた先は確かに会議室だった。

「適当に座ってくれていいわ」

 机とともに置かれている椅子に腰かける。

「早速だけど、本題に入らせてもらうわ」

「そんなに焦ることなんですか?」

「ええ。早いところ話をつけてしまいたいのよ。……あなたたち、フェイトディザスタアのお知らせをしていたわよねえ? おそらくは歴史家の仕事の一環で」

「してたよ」

「そして、それが原因で殺し合いが起きていることも知っているわよね? あなたたちも被害を受けているようだし」

 アランは、星也の左足をみて意地悪く笑った。

「どうせ、責任とれっていうんでしょ?」

「話が早くて助かるわ。そう、その通りよ。責任を取りなさい」

「無理だね」

 アランの言葉から少しも間を開けずに、星也が即答した。

「だって僕たちは仕事をしただけだから。仕事として、現実を伝えた。そこで人を殺すか殺さないかは、僕たちがどうこうしなきゃいけないことじゃない」

「へえ? じゃああなた達は今起きていることについて何も思わないのね?」

「思うところがないわけじゃない。ただ、この事実はいずれ誰かが公表しなければいけないものだ。僕たちが責任を取る必要はない」

 そう、とアランは言うと、今まで黙って話を聞いていた大男、クロウを指さした。

「どうしてもいうことを聞かないというのなら、彼にあなたたちの処理をお願いすることになるわ」

 処理。俺たちを殺すという意味だろう。

「それでも責任はとらない?」

「処理、ねえ。仮にも安全家としてそういうことを言うのはどうかと思うよ」

「やだ、安全家だから言っているのよ。それで、どうなの?」

 星也は小さく息を吐くと、それからにっこりと笑って言った。

「とらないよ」

 すると、アランは満足げに笑った。

「そう。そうなの。やっぱりあなたは私が考えていた通りの人のようね。一見臆病に見えるけれど、実際はそうではない」

 アランは下品に笑った。

 そして笑いが収まると、今度は冷静な声で話した。

「いいわ。そういうことは予想済みよ。話はここからがスタートよ。あなたたち、私たちと協定を結ばない?」

「協定?」

「そうよ。実のところ、私たちは一度この世界が終わってもいいと考えているの。殺し合いが生まれてしまった以上、それがなくなることはないもの。だから、私たち以外はみんな殺して、新しい住民を迎え入れる。新しい住民は人を殺せることを知らない。そうすれば、また平和な世界が始まるわ」

「断る」

「あら、どうして? あなただって平和な世界を望んでいるでしょう? 春樹君だってそうでしょ?」

 アランはしばらく俺を見つめていたが、俺がなにも反応をしないと、すぐに興味がなくなったように星也に向き直った。

「どう? やってみない?」

「いい。僕はそんな大事にはしたくないし、人を殺せることを知らない人たちが暮らし始めても、一度殺し合いが起きた事実は変わらないじゃないか」

「そう。まあいいわ。また声をかけるから、考えておいてちょうだい」

 アランは意外と早く引き下がると、会議室を出ていった。

「春樹君、僕たちも早くシンジロウさんのところに行こう」

「うん」

 星也が優しく俺に笑いかける。

 最近、妙に星也がかっこよく見える。


 会議室を出ていくアランが、にやりとたくらむような笑みを浮かべていたことを、俺たちは知らない。

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