第15話 理由

 カチャリ。扉を開けて、シンジロウさんの部屋に入る。

「お、意外と早かったな」

「うん。そんな大した話じゃなかった」

 星也が本当にそう思っているように言うと、加恋が首を傾げた。

「んー。それ本当?」

「どういうこと?」

「いや。なんかあのお姉さん色々考えてそうな顔してたから」

「思い違いじゃない?」

「そうかなあ」

「そうだよ」

 星也は軽く返事をすると、用意されていた椅子に腰かけた。

 俺もそれに続いて椅子に座る。

「で、今はどこまで話し進んだんだ?」

「まだ話してねえよ。お前らが戻ってから話そうってことになってな」

 こくこく、加恋が頷く。

「まあ、俺が考えるだに、今は力の発生の仕方を練習した方がいいだろうな」

「発生の仕方?」

「ああ。意識せずに出せるのはベテランくらいだ。まれに発生させられることもあるが、そういう時はたいてい記憶がねえ。春樹、お前も覚えてないだろ」

「あ……うん。つうか自分が力出してたことに気づいてなかったしなあ」

「だろ? だからまずはそこから練習が必要だな」

 そこまで言うと、シンジロウさんはおもむろに手を前に出して、小さな力を発生させた。

 星也が眩しそうに顔をゆがめて、加恋は興味津々に身を乗り出す。

「よく見てみろ。力っつうのは炎みたいなもんだ。見た目も似てるだろ」

「確かにー」

「力の強さは、大きさを変えて操るんだ。大きければ大きいほど力も強くなる。放つときは……」

 そこで一枚の紙を持ってきて、

「こんな風に……手にくっついてるもんを引きはがすイメージだな」

 その紙に力をぶつけた。

「この力は、一部の間では悪夢と呼ばれている」

「悪夢?」

 星也が首をかしげる。

「ああ。そうだな……星也」

「ん?」

「お前、フェイトディザスタアで生き残るやつはどうやって決まるか知ってるか?」

「うん。知ってるよ。フェイトディザスタアを止めるのに最も貢献した上位5%。まあ、今回は2%なわけだけど」

「そうだな。それが一般的な知識だ」

 一般的な知識と言われた星也が少しむっとしている。

「生き残るやつが決まるのには、もう一つ理由がある。それは、力に身体がもつかどうか、だ」

 俺を含めた3人が、シンジロウさんの言っている意味が分からず、反応ができない。

「まあ、身体というか心というかだなあ。身体っちゃ身体なんだが、俺らにはもう無いからな。で、だ。本来、というか生前の俺たちはこんな力を発生させることはできねえ。なのに発生させることができている。おかしいと思わねえか?」

 シンジロウさんの問いかけに、加恋が1人頷く。

 それを見たシンジロウさんは説明を続ける。

「この力を発生させるには代償がいる。その大抵が生命力だ。力を使うたびに、身体のどこかが傷ついている。何度も使っていけば、身体が機能しなくなっていき、最終的には消える。起こした力が強ければ強いほど影響は大きくなる。だからフェイトディザスタアの時、止めるのには貢献したのに身体がもたずに消えていくっつうやつもいるんだ」

 わずかな沈黙。

 その沈黙を破ったのは星也だった。

「それってさ。どうにもできなくない? 身体がもつかもたないかなんて知らないし。それに、そんなの、身体がつよい人が生き残るにきまってるじゃん……」

 それは、さっきアランに対してきつい声で話していた星也とは比べ物にならないほどの、弱弱しい声だった。

「そんなことないぞ。その時に身体がもたなくなるやつは、事前練習をしていなくて力に慣れてないやつらだ。お前らはこれから練習するから心配ない」

「……そうなの?」

「ああ。安心しろ。幸いお前らには優秀な講師がいるからな。まず身体がもたなくなることはないだろう」

 それはとてもいい話だ。

 だが、それならわざわざこんなことを話す必要はないだろう。

「なあ、なんでそれを話したんですか? 身体がもたなくなることはないっていうのに」

「春樹、いい質問だ。力に慣れることは大事だ。だが、慣れるためとはいえ使いすぎちゃいけねえ。たまにいるんだよ、練習のしすぎで消えるやつが。だからお前らに言いたいのは、練習はしすぎるなってことだな。俺がいるとき以外は力を使うな。ただし誰かに襲われた時は力を使って身を守れ。いいな?」

 俺たちは顔を見合わせると、同時に頷いた。

「よし。じゃあ、これから練習するぞ。こっちにこい」

 シンジロウさんについて、広い部屋を歩く。

 ここは生前シンジロウさんが使っていた部屋と同じはずだ。

 古いデザインのテレビや時計が置いてある。

 今なら一周回って、アンティークでお洒落な物たち、といった感じだ。

 クローゼット、というかふすまの前までくると、シンジロウさんは立ち止まりふすまを開けた。

「何これ?」

 ふすまを開けると、いちめんが鉄板のようなもので覆われていた。

「どうやら鉄板は力を吸収するみたいでな。これで覆っておけばここに向かって力を放つ練習ができる」

「なるほど」

「じゃ、始めるぞ。とりあえず手を鉄板に向けて力を起こすことだけを考えろ」

 言われた通り、手を鉄板に向ける。

 力を起こす、力を起こす、力を起こす。

 それだけをただひたすら考えても、一向に力は出てこない。くすんだ銀色の鉄板に、手をかざす俺の姿ぼんやりと映るだけだ。

 なんだかマヌケな姿だなと思った。

 そうしているうちに、隣から喜びの声があがった。

「わっ! なんか出た! やった!」

 その声は、加恋のものだった。

「おお。さすがだな」

「うん!」

「男ども、頑張れよ」

 かざす手に力を込める。

 ちらりと隣を見ると、もう感覚をつかんだらしい加恋が力を出したり止めたりを繰り返しているのが見えた。

 俺だって、すぐに……。

「あ、できた」

「星也もか。おお、中々いい感じに安定した力だな。大したもんだ」

「ありがとう」

「あとは春樹だけだぞ。頑張れ」

「春樹君、頑張って」

「うん……」

 2人が応援の言葉をかけてくれる。

 しかし、それからしばらくたっても俺の手から力が発生することはない。

「頑張って」

「……」

 だんだん俺の顔が赤くなっているのが分かる。

 だって、恥ずかしいじゃないか。

 それからまたしばらく経っても、俺の手から力は発生しない。

 いつの間にか空に浮かぶ太陽も傾きかけている。

「あー。もうだいぶ時間たったし、今日はもうやめにするか。また明日だな。春樹、明日はきっと出るぞ」

「あ、うん……」

「そうだよ。きっと出るよ。こう、説明できないんだけど、出るときに来るっていう感じ、なんかたまる感じがするんだ。それを救い上げる……みたいな」

「そうなんだ」

「うん。頑張ってね!」

「うん」

 シンジロウさんに挨拶をして、2人に励まされながら部屋を出る。

 それはありがたいことだが、俺にとって羞恥以外の何物でもなかった。

 2人と別れて自分の部屋に戻っても、俺の顔は赤く染まっていた。

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