第12話 逃げるのには問題あり

 チュンチュンと鳥の鳴き声が響いている。

 それと一緒に、人の悲鳴も。

「それじゃあ、逃げる道の最終確認ね」

 いざ外に出ようとすると、どうしても不安になるものだ。

 そこで、昨日の夜に一度確認したはずの逃走ルートをもう一度確認しようという話になったのだ。

「店を出たら、とりあえず裏手に回る。で、比較的人通りの少ない畑沿いを通って聖大公堂に向かう。そこまで言ったら幹部とが安全家の人たちが守ってくれると思う。そこに行くまでの身の安全は……シンジロウさん、よろしくね」

「ああ、任せろ」

 どん、とシンジロウさんが自らの胸をたたく。

「じゃあ、せーので行くよ」

「うん」

 やや緊張した面持ちで加恋がドアノブに手をかける。

「せーのっ!」

 加恋の手によって開けられた扉から、4人が一斉に飛び出した。

 近くにいた殺人犯がこちらに気づいた気がするが、そんなもの構うものか。

 即座に店の裏側に回る。

「ちょっとシンジロウさん。この店って裏にドアなかったっけ? けっこう危なかったよね今」

 星也が小声で不満の声を上げる。

「それがないんだよなあ。つうかお前静かにしろ。それこそ危ないだろ」

「それもそうだね」

 外には殺人犯こそいるものの、血の匂いなどはせず、ただただ晴れた日のすがすがしい香りがするだけだった。

 それもそのはず。この世界の死は存在が消えることであって、肉体が傷つけられつとかそういうことではない。よって死体が転がっていることもなければ、死体の匂いもしないのだ。

「次は左に見えるニンジン畑に隠れるよ。先頭は私。私が飛び出したらついてきて」

「OK」

「あと、なるべく低空姿勢で。普通に立ってると見つかる可能性も高いからね」

 加恋はそういうと、数回深呼吸をして駆けだした。

 それに続いてシンジロウさんと俺も飛び出す。若干遅れて星也も後を追う。

 かさり。

 走っている後方から小さな音がした。

 きっとさっきの殺人犯が俺たちを追ってきているのだろう。

 そしておそらく俺たちに向かって力を発射しようとしている。

 しかし今の俺たちはだいぶ速いスピードで進んでいる。問題ないと感じる。

 ニンジン畑まであと50m、20m。

 と、そこまでいったところで。

 まばゆい光が俺たちの横を通り過ぎていった。

 その光は、もちろん力によるものだ。

「チッ、はずしたか」

 そんなつぶやきが聞こえてくる。

「狙われてる」

 星也がぼそりといった。

「ニンジン畑に行ったらそのままひまわり畑に行こう」

 加恋の提案に俺たちは無言でうなずく。

 そしてそのやり取りが終わるよりも早くニンジン畑へと飛び込んだ。

 相変わらず後ろからは俺たちに向けた攻撃が続いている。

 そしてその攻撃の元凶は確実に俺たちの後を追いながら力を発射している。

 だがその方が都合がいい。

 発射しているものが動いているのであれば、その力の方向もおのずとぶれてくるはずだ。

 ニンジン畑は広い。ひまわり畑までそこそこ距離がある。

 このまま逃げ切れるだろうか。

「もし追いつかれたら、シンジロウさん、お願いできる?」

「おう」

 加恋とシンジロウさんがそんな会話をしていた時。

「った!」

 星也が小さな悲鳴を上げた。

「星也?」

 力が、不運なことに星也の左足をかすめた。

 足はすぐに炎症を起こした。肌が赤黒く盛り上がり、じくじくとしている。

「っしゃ、やっと一発当たったぜ」

 そういうのはもちろん殺人犯。

 星也は走るのに大切な足を攻撃され、転がるかたちでつんのめって転ぶ。

「うああ」

「だあもう! お前ら先に行け! 俺はこいつをブったおしてから追いかける!」「了解!」

 シンジロウさんはブレーキをかけるとくるっとユーターン。殺人犯に向かって力を放ち始める。

 俺は星也をおぶって加恋の後を追った。

 そのままひまわり畑に到着。

 ひまわりは背が高く、しゃがんでしまえば外から姿は見えない。

 俺は星也を背中から降ろすと尋ねた。

「星也、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 星也はそういって笑ったが、その顔は笑いきれておらず、苦痛に歪んでいた。

「ごめん。よけられなくて」

「いや、そんなの気にしなくていいって。シンジロウさんが来たら少し休もう」

「そうだよ。その足じゃ、すぐ動いたら絶対痛いし」

「2人とも……ありがとう」

「とりあえず、応急処置だね」

 加恋はそういってポケットから一枚の葉を取り出した。

 それは大きく、鮮やかな緑色をしていた。

「これはアレクイ草っていって、この世界にしかない葉っぱなんだよ。これを傷口にまくと、少しだけだど楽になる」

 加恋はそういって、アレクイ草とやらを星也の足にまきはじめた。

「冷たい」

「まあね。ちょっとしたら痛みも引くと思うよ」

「ありがとう」

「ううん。気にしないで」

 アレクイ草をちょうど巻き終えたとき、シンジロウさんがひまわり畑に飛び込んできた。

「シンジロウさん! 大丈夫でした?」

「ああ。なんとかな。それより星也、足は大丈夫か?」

「うん。なんとか。今加恋にアレクイ草を巻いてもらったから」

「そうか。殺人犯はしばらく来ないだろうから、少し休んでおくか」

「うん」

「待ってろ、今消毒してやる」

 シンジロウさんはそういって、自分のリュックをあさり始める。

 そしてその顔が、どんどん青ざめていった。

「シンジロウさん?」

「やべえ……。消毒液、店に置いてきた……」

「はああ? 出る前に荷物確認してって言ったじゃん私!」

「悪い。一応聖大公堂にもあるんだが……」

 そう言ってぺらりとアレクイ草をめくり、傷の具合を確認すると、

「早く処置した方がよさそうだな。俺、ちょっと取ってくる」

「私も行く」

 2人はそういって立ち上がった。

「春樹、お前は星也の傍にいてやれ」

「あ、うん。もちろん」

「ごめん、僕なんかのために」

 星也が申し訳なさそうに謝る。

「気にすんなって」

 シンジロウさんたちはそう言うと、ひまわり畑を駆けて行った。

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