勿忘草を君に

雨野 結

プロローグ

 人は死んだらどこに行くんだろう。

そんなことを昔は考えていた。別に死にたかったわけではない。けれども、生きたかったわけでもない。理由はないが、何となくそんなことを考えていた。結論から言うと、どうやら身体は消滅するが、魂は何度も何度もろ過されて、再び命として世界に戻る。記憶や思い出やその他諸々、全部綺麗さっぱり濾された魂は、真っ新な状態で新しい身体に宿り、また生きていくという訳だ。けれども、何にでも必ず例外はある。勿論、この魂のろ過にも例外はあった。いくらろ過してもろ過しきれない魂や、そもそもろ過する段階にも入れない魂がその例だ。そうした行く当てもない魂がどこに行くかまでは、生きている間に考えることは無かった。むしろそんなことまで普通考える奴はいないだろう。いたとするならば、きっとそいつはおかしな奴だ。


 ともあれ、自分がそういった例外に当てはまるなんてのは予想もしなかったし、まさかその例外の行き着く先が《死神》だなんてことは、知る由もなかった。だから《死神》として生きることになった現実を突きつけられた時は、正直戸惑いを隠せなかった。それに、俺が想像していた《死神》というものと、実際はかなり違っていたのもあった。骸骨みたいにやせ細っているわけでもなく、古びた漆黒の布をまとっているわけでもなく、鋭く光る大きな鎌をもっているわけでもない。死ぬ前と全く同じ姿で、葬式に出るような真っ黒なスーツとネクタイを身に着けている。これじゃまるで人間そのものだ。きっちりと締められたネクタイを少しだけ緩めると、少しだけ呼吸しやすくなった気がした。感覚は生きているようだった。でも、そこに命はない。見た目がいくら人間であっても《死神》であることは変わりない。そんなことを感じるていくうちに気づけは時間が過ぎて、すっかり《死神》という立場が身についてしまった。


 いつまでもこうしているわけにはいかないが、昇格するつもりも、魂をもう一度ろ過するつもりも今のところはない。俺と同僚の《死神》は、運び屋の仕事から揺り籠の仕事へ昇格したばかりだったが、羨ましいとは思わなかったのが事実だ。どちらかというとろ過されるのを待つ魂を預かる揺り籠の仕事より、この世に取り残された魂をこっちに連れてくる運び屋の方が俺には合っている。同僚と一緒に仕事が出来なくなったのは少しだけ残念だが、悲しみに暮れている時間はない。今日も明日も、俺には仕事が舞い降りてくる。


「さてと、今日も行ってきますか」


 いつも通り大きな独り言を呟いてから、俺はゆっくりと目を閉じた。




 

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