第百九十譚 作戦はより先の段階へ
中央軍にて光の柱が昇ってから数分。
俺たちは左軍後方で待機する魔王の元へと辿り着いていた。
「――見たか? さっきの光は恐らくアザレアかジオの魔法だ。あんな魔法見た事ないけど、高位魔法なのは確かだと思う」
「だろうな。私も永く生きているが、あの魔法を目にしたのは初めてだ。それにあの魔力量……いや、それほどまでに強大な敵が現れたという事なのだろうな」
魔王と向かい合い、先程見えた光の柱について話し合う。
「ああ、だから俺たちも急いで作戦を進めよう」
「何? しかしまだ作戦は途中の段階だろう」
「わかってる。でも、のんびりとなんかしてられないんだ」
俺の言葉に、魔王はしばらく何かを考えるように呻る。
「だが急ぐと言っても具体的にはどうするのだ」
「俺とセレーネで門に向かう」
「ほう――何! 貴様ら二人で聖王の根城に向かうつもりか!?」
「これはセレーネにも同意してもらった考えだよ」
驚きなのか怒りなのかわからない表情を見せ、魔王がセレーネに顔を向けた。
そんなセレーネはバツが悪そうな顔で苦笑いを浮かべている。
「いえ、私もこれしかないと思いまして……」
魔王の元へ向かう間、セレーネと二人で作戦を早める話をしていたんだが、今回は珍しく始めから意見が合っていた。
普段なら一度セレーネに止められたりするんだけど、食い気味で同意してくれた。
だから魔王に反対されたら強く言い返そうな、と計画を練っていたのに。
「それに、アル様は一度こうと決めたら曲げませんから」
なんか遠回しに俺が悪いみたいな話にすり替えてないですか。
「む……それを言われるとそうだな……。まったく、昔から変わらんのだな、勇者という奴は」
「常に成長中ですう! 日々進化してますう!」
「アル様……恐らくですが、そういう意味ではないかと思います」
くすりと笑みを浮かべたセレーネと魔王。少しばかり、緊張が解れたように見える。
あまり緊張感持ちすぎても良い事なんて全然ないからな。少しぐらい緩んでるぐらいが丁度良いんだ。
「仕方がない、か。作戦を先に進めるとしよう。となれば作戦の再構築をせねばならないが――流石は勇者御一行といったところだな。再構築をする必要も無いほどに良く暴れてくれた」
魔王は長杖を立て、目を瞑りながら何かを唱え始める。
それから数秒と立たないうちに、口を開き言葉を発した。
『この戦場で戦う全ての魔族に告げる。諸君らの働きのおかげで、我々の作戦は大幅に短縮できるようなった』
「頭の中で声が……」
「これが思念魔法か」
魔王の声と重なる頭の中の声。
これが、魔王が使えるという思念魔法というものらしい。
各国で用いられている通信魔法具と同じようなものだと聞かされたが、この世界で通信魔法そのものを使える者は誰一人としていない。
なら通信魔法具はどうやって生み出されたのか。自らが使えない魔法をどうすれば道具にできるのか。
即ち、魔法を使える者が生み出したとしか考えられないだろう。つまり、魔王が通信魔法具を生み出した本人だということだ。
あくまで俺の推測でしかないが、この世界でたった一人。思念魔法を使える者がいるなら、そいつが生み出したと考えるのが普通だろう。
「魔法の収納袋といい、これといい。人の味方し過ぎだろ、キーラは」
もしかしたら、他の魔法具とかも魔王が生み出したものだったりするのかもな。
『だが、まだ終わりではない。これから先の作戦では、諸君らの働きがより必要となる。まだ戦える者は立ち上がり、一人でも多くの敵を殺せ。既に散っていった同胞の分も、その命尽きるまで燃やし続けろ!』
ピリピリとした緊張感が伝わってくる。
あたりの温度が徐々に上がってきているような気がした。
『これより先は、私に――魔王ルカティオスの背について来い! 魔族の本領は、ここからだ!』
周りに立つ魔族、前線で戦う魔族。各地から雄叫びが上がった。
大気が震えるほどのそれは、聖王軍の兵士たちを震え上がらせるには十分なものだった。
「これが魔王の力かよ……」
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
縮こまる聖王軍の様子が目に浮かぶようだった。
「――さて、これで舞台の準備は整った。これよりは私に任せ、貴様たちは聖王の居城へと向かえ」
「……ありがとう。あとは任せたぜ」
「誰に言っている? 魔王ルカティオスに敗北はない」
「ああ、知ってるよ」
そう言って、俺は魔王の側を通り過ぎる。
「死ぬなよ」
「貴様もな」
セレーネも俺の後を追うように、魔王の側を通って一礼する。
「――セレーネ!」
追いついたセレーネが俺の横に並ぶと同時に、魔王が彼女を呼び止めた。
きょとんとした顔で振り返ったセレーネに、魔王は心配そうな表情を浮かべた。
「……必ず、生きて帰ってこい。必ずだ」
「……はい、勿論そのつもりです。必ず、生きて帰ってきます」
真剣な眼差しで魔王を見つめるセレーネ。
そんな彼女を見て安堵したのか、魔王は優し気な表情で口を開く。
「それと、その馬鹿を頼んだ。誰かが見張っていないと、どんな無茶をするかわからんからな」
魔王の表情に釣られたように、セレーネも微笑む。
「ええ、お任せください。アル様と共に、必ず帰ってきますから」
「ふふっ……なら安心だ」
「当人を差し置いて話し進めるのはやめて」
人を猛獣みたいな扱いしやがって。冷静になれば無茶なんてしないっていうのに。
「――勇者」
「なんだよ?」
「絶対に成功させろ」
成功させろ、か。
どのみち、成功させなきゃ意味がない。世界は聖王とアディヌのものになってしまう。
本当の世界を取り戻すためにも、失敗は許されない。
「一体誰に言ってるんだよ? 成功に決まってるだろ」
けど、俺はもう失敗しない。
絶対に成功させるんだ。
「だって俺は、勇者だからな」
「――ああ、知っているとも」
俺は魔王に背を向け、その場から離れていく。
目指すはここより西にあるという門。
聖王の居城へと繋がる最後の門だ。
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