第百六十七譚 変わらぬ決意は夢となりて


 俺は今まで、適当な人生を歩んできた。

 夢もやりたい事も無く、ただただ時間を無駄に過ごして死んだ。


 リヴェリアとして生まれ変わってからも、芯の部分は変わらなかった。

 どうせ俺は死んでる。この世界がどうなったって俺には何も関係はない。

 心の底ではそう思ってた。

 だから、心から笑うなんて事も無かった。ただ、勇者である自分に酔って好き勝手していた。


 でも、三度目の人生――アルヴェリオとして転生してから、俺は変わろうと決意した。

 今までの人生を悔い、今度こそは本気で生きようと――精一杯生きていこうと。


 それなのに――。

 

「創られた存在である貴方は……消滅してしまうのよ……!」


 キルリアの言葉に、目の前が真っ暗になる。


 今までの想いが全て崩されていくような感覚。

 運命は自分で切り開く。そんな言葉じゃどうしようもできない現実。


 どう抗ったって何も起きない。何も起こせない。

 

「……勝手だ、勝手だよキルリア。お前が俺をこっちに呼んどいて、生きようって決めたらこれかよ! ふざけんなよ! そんな、そんなのもうどうしようもないじゃないか! なら初めから呼ぶなよ、転生なんてさせるなよ! こんな想いするぐらいなら、転生なんてしない方がよかったよ!」

「……謝った所で許してもらえるものじゃないってわかってるわ。だけど、ごめんなさい。私が貴方を転生させたばっかりに、こんな辛い想いをさせちゃって。――でも、こうするしかなかったの。女神アディヌの目を盗んで、この世界に干渉するためにはイレギュラーの存在が必要だったのよ……」

「ならどうして俺なんだよ! 俺以外にだって死んだ人間はたくさんいるはずだろ! よりによってなんで俺なんだよ!」

「それは、貴方が誰よりも後悔していたからよ! 貴方自身は気付いていないかもしれないけど、心の奥底から一番後悔していたのは貴方だったの! だから、もう一度人生を送らせてあげたいと思ったのよ!」


 理不尽だ、そんなの。

 そんなことを言われたら、何も言い返せないじゃないか。


「……やめだ、やめ。こんなこと言ってたって仕方ないし。そもそも、アルヴェリオに転生したのはキルリアのせいじゃないしな。ああ、少し大声出したらスッキリした」

「…………」

「それと……あれだ。一応感謝してるんだよ、転生させてもらった事には。お前の言う通り、俺は心のどこかで後悔していたんだと思う。もう一度があるなら後悔しない生き方をしたいって思ってたと思う。でも、俺って馬鹿だからさ……それを認めようとしてなかった。気付いていて気付かないふりをしていたんだ」


 それに気づいたのは三度目の人生を歩み始めてからだ。

 ちゃんと自分に向き合って、悔いのないように生きる。精一杯今を生きていく。そう決めてから。


 気付くのが遅すぎたって自分でも思ってる。

 本当は、もっと早く気付くべきだった。


 生きている喜びは生きている者にしか味わえない。自分が気付いた時にはもう手遅れだって。

 

「――キルリア」

「……なに?」


 俺はキルリアに視線を合わせ、全身の力を抜きながら小さく笑った。


「俺の答えは変わらない。支えてくれる人、大切な人たちの為ならなんだってやるよ。皆が幸せになるなら世界だって救う。それで俺が幸せになれなくても、皆が幸せなら悔いはないさ」

「アルヴェリオ……」


 三度目の人生、俺は何か意味があるものだと思っていた。

 リヴェリアとして終わるはずだった俺に、誰かが与えてくれた皆を救う最後の機会。


 ほら。ちゃんと、意味はあったんだ。


 別に、命を捨てに行くわけじゃない。

 救う為に使うんだ。守るために燃やすんだ。


 例え短く儚い命だとしても。例え結末のわかっている人生だとしても。

 

 残された時間を精一杯生きてやる。

 後悔のない人生だったと、幸せな人生だったと胸を張って言えるように。

 

 三度目の人生、今度こそ失敗しない。

 支えてくれる人、大切な人たちを守るためにこの命を捧げる。

 俺の命は――そのためにある。


「そう……やっぱり貴方はどこまでいっても勇者なのね……。誰かの為に傷つく勇気を持つ勇ましき者よ。貴方をこの世界に導いた者として、最初で最後の使命を与えましょう。その身を以てこの世界を――貴方が救いたいと願う者たちを救うのです」

「――ああ!」


 その言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。






□■□■□






 心地良く暖かな光が、眠っていた俺の意識を呼び起こす。

 辺りには鳥のさえずりも響き、すっかりと朝になっていたようだった。


「おはよう、アルヴェリオ。よく眠れたかい?」


 俺が体を起こすと、朝食の準備をしているジオの姿が目に映った。


「おはよう。おかげさまでな」

「そうかい? それは良かったね。それで、女神様は口説けたのかい?」

「ああ、もうばっちりだ。上手く話しつけてこれたぜ」

「…………」

「冗談だからそんな汚物を見るような顔は止めろ」


 俺は近くの倒木に腰を下ろすと、キルリアの話を思い返した。


 この世界は、本来の世界が上書きされた創られた世界だという事。

 エンデミアン一族は女神アディヌが管理する側として創りだした存在しない人間だという事。

 女神アディヌを倒せば魔法が解け、本来の世界に戻るという事。

 そして、本来の世界に戻るという事は創られた存在は全て消滅するという事。


 こんな話、信じる方が難しいな。

 でも、俺がどうこう言ったところで何も変わらない。

 どっちだろうと、俺の目的は変わらないのだから。


「何を考えているんだい?」

「いや、なんでもねえよ」

「そうかい。あ、そうだ。今の君の夢、訊きそびれてたよ。というわけで、教えてくれないかい?」


 今の俺の夢、か。

 そんなもの、俺がアルヴェリオに転生したときから決まってる。


「笑うなよ?」

「勿論さ」

「俺の夢はな――」


 その時、一陣の風が吹いた。

 風に背中を押されるように、自然と口から言葉が出ていく。


「今日も明日も明後日も――今を精一杯生きていくことだ」


 優しく、心地よい風は俺の言葉を乗せて空へと舞いあがった。




 

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