第百三十八譚 森の侵入者
「どこ行ったんだ……!?」
プルメリアさんを追って森の中に入ったはいいものの、肝心の彼女を見失ってしまった。
まだ遠くには行ってないはず……だと思いたいんだけど、プルメリアさんはこの森の住人だ。
森の地形は全て頭に入っていてもおかしくないから、侵入してきた人間のもとへの最短ルートを通られると追いつけない。
そもそも、侵入者の居場所さえわからないのにプルメリアさんを探すのは無謀だった。
着替えなんてしてなければ見失わずに済んだのかもしれないけど――いや、ぼやいていても仕方ない。とにかく今は足を動かし続けないと。
辺りを見渡し、何か手掛かりがないか探してみる。しかし、足跡どころか痕跡自体が見つからない。
こっちを通っていないのだろうか。いや、方角はこっちで合ってるはず……。
ということは――上か。
「“
足元に魔力を溜め、一気に解き放ち真上に跳びあがる。
ぎりぎりで枝に届き、そこからもう一度「飛躍」で空へと上がって辺りを見渡す――そういう算段だった。
しかし、俺の身体は大樹の頭上を大きく超え、遠く海が見えるほどに高く跳びあがった。
「は? え?」
理解が追い付かなかった。どうして自分はこんなに高く跳びあがっているんだろう、と。
だけど、同時に理解する。
これが、封印されていた俺の魔力なんだと。
にわかには信じがたい話だけど、こうも実感してしまうと信じざるを得ない。
やっぱりこの魔力量はおかしいんだと。
でも、今はそんな事を考えている場合じゃない。早くプルメリアさんを見つけないと。
滞空しているほんのわずかな時間の中で、視覚に全集中する。
緑の中に一瞬だけ白い何かが映ったのを、俺は見逃さなかった。
「見つけた!」
枝まで降りてきた俺は、先程の白い光のような何かが見えた方向の木の枝に跳び移っていく。
枝から枝に。大木が密集しているぶん跳び移りやすいため、スピードを緩めることなく先へ進むことが出来る。
跳び移っていくこと数分、俺は遂にプルメリアさんの姿を捉えた。
「プルメリ――!」
俺が声を出したその瞬間、プルメリアさんの姿が煙のようにふっと消える。
直後、電流の様なものが下から発せられた。
すぐさま地面に降りた俺は、その場所に全速力で向かう。
茂みを掻き分け、近づいていくと同時に話し声が聞こえてきた。
「人間、何の目的でこの森に来た。答えろ」
「……貴女はこの森の者か?」
「私が聞いている。問いに問いで返すな」
茂みの陰から声のするほうを覗いてみると、プルメリアさんが青年の首に雷を帯びた手を当てようとしていた。
あの体勢だと、恐らく青年は一歩も動けないだろう。動けば死ぬと理解できるから。
「そうだね、すまない。私はロベルト。この森に住むと言われている白の魔女に会いに来た」
「……何故白の魔女に会う必要がある」
「私はキテラ王国の者だ。この国を変えてもらう為、白の魔女に助言を頂いたい!」
「キテラ王国の、人間……!!」
プルメリアさんの血相が変わり、辺りの木々が騒めき始める。
とてつもない魔力がプルメリアさんから溢れ出ているのを感じ取る。
黒妖精の魔力はこれほどまでに……、いやそんな事はどうでもいい。
このままじゃ、あの青年は死ぬぞ……!
「お前たちが私たち黒妖精にしてきた報いを受けろ……!!」
「駄目だ! プルメリアさん!!」
俺は茂みから飛び出し、プルメリアさんに声を上げた。
その言葉はプルメリアさんの耳に届き、動きをピタリと止めてこちらを睨みつけてくる。
「……何故お前が止める? この人間とお前は関係ないだろう。まさかお前もキテラ王国の人間なのか……!!」
「違う! 俺はキテラ王国の人間じゃないけど、怒りをその人にぶつけるのはどうかと思うぞ!」
「私たちの事情を知らないくせに余計な事を言うな! 人間なんて皆同じだ! 人間は私利私欲のために他種族を犠牲にする……、あの時みたいに!!」
その言葉に、俺は口を閉じて黙る。
プルメリアさんの言う通り部外者である俺の言う事なんか聞かないだろう。そのくらいは予想していた。
ましてや、大嫌いな人間の話なんて聞くはずもない。
だけど、俺にだってひけない場面くらいある。
その青年はキテラ王国の者だと言っていた。つまり、彼からキテラ王国の現状について色々と話を聞けるかもしれない。
本当に国を変えたくて白の魔女に会いに来たのだとすれば、きっと協力的になってくれるはずだ。
聖王と早く決着をつけるためにも、ここは引けない。
俺はプルメリアさんに急接近し、青年に向けていた手を掴んで止めた。
「ぅ、あっ……、や、やめ……」
「あっ、ごめん……!」
俺に手を掴まれたプルメリアさんの態度が急変し、怯えたような表情に変わった。
それを見た俺はパッと手を放し、その場に沈黙が流れた。
「……とにかく、ここは一度婆さんに会わせてみよう。勝手なのはわかってるけど、俺の目的のためにもここは譲れない。もし、黒妖精に迷惑が掛かったその時は――俺がこいつを殺して、自害する」
「……もういい。勝手にしろ」
プルメリアさんは俺たちに背を向けて森の中へと消えて行ってしまった。
それを見送った俺は、青年に向かって声をかける。
「婆さんの家までは遠いから、俺が背負ってくよ。それでいいだろ?」
「すまない、助かるよ。私の名は――」
「ロベルト、だっけ? 話を聞いてたからわかるよ。俺はアルヴェリオだ、よろしく」
「よろしく頼むよ、アルヴェリオ君」
青年を背に乗せ、俺は再び枝の上を跳び移って婆さんの家に戻っていった。
戻っている際中、背後からプルメリアさんが着いて来ていたのに気づいたのは、もう少し後の話だ。
□■□■□
婆さんの家に青年を連れて来て数分。場はとても険悪な空気に支配されていた。
家の隅の方にある椅子に座り、こちらを睨んでいるプルメリアさん。
丸いテーブルを囲むように座る俺とロベルトさんにシルヴィアの婆さん。
ロベルトと婆さんは向き合ったまま何も話さない状態が数分間続いていた。
正直もう耐えられない。逃げられるなら逃げたい。
そう思い始めたその時、ロベルトさんが口を開いた。
「……キテラ王国は、陛下の暴走により各国を敵に回そうとしています。このままでは、いずれキテラ王国は滅んでしまう」
「だから、あたしの所に来たってわけかい」
「はい。かつてキテラ王国で名を馳せたという白の魔女――シルヴィア殿の力をお貸しいただくためにここに参りました」
「……てめえ、ナニモンだい。結界をすり抜けていた時点で察しはついてたけど、ただの市民じゃないね?」
婆さんの言葉に、ロベルトさんは小さく頷く。
そして、次の瞬間に思いがけない言葉を耳にした。
「申し遅れました。私はロベルト――『ロベルト・テラ・ラングフォード』。キテラ王国の第一王子です」
この場に、緊張が走った。
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