第百三十七譚 一族の謎は深まるばかり


 婆さんの詠唱が終わり、俺の身体からの発光が治まる。

 それとほぼ同時に、自分の内から溢れ出るとてつもない魔力を感じた。


「こりゃあ凄いねぇ……、まさかこんな多いだなんて思わなかったよ」


 婆さんが驚愕の声を上げる。

 俺もそれに返答できないぐらいに驚いていた。


 こんなに多く、強い魔力を感じた事がない。

 俺が敗れた魔王と比べても、比にならないぐらいの魔力だ。


「こんなに多けりゃあ――もしかするとてめえはあのアルファスラを超える男になるかもしれないねぇ……」

「婆さんもアルファスラを知ってるのか?」

「当り前さね。エンデミアン一族なら誰でも知ってる昔話だからね。……ま、あたしにゃ関係の話だけどね」


 アルファスラを超えると言われても、いまいちピンと来ない。

 俺はアルファスラを直接知ってるわけじゃないし、どのくらい強いのかというのも文献には載ってなかったから、よくわからないんだ。


 でも、これだけはわかる。

 アルヴェリオこの身体には何かがある。これほどの魔力を持った人間が生まれること自体あり得ない。

 魔王の数倍はある魔力を持った人間……。世に知られないために魔力を封印されたと考えるのが妥当だな。


 そして、エンデミアンという謎の一族。何か秘密があるのは確か。

 それを解明するためにも、婆さんから話を聞くしかない。


「なあ、婆さん。俺は生まれてから十八年の記憶が無い。俺の出生、エンデミアン一族の今、そういったことがわからない。だから、教えてほしいんだ。婆さんが知ってるエンデミアン一族の事について……」


 俺の言葉に、婆さんは眉をひそめる。

 しばらくの沈黙が続き、婆さんは窓の外を見ながら口を開いた。


「……今から四十年ぐらい前、あたしがまだあの村にいた頃に一族の皆と衝突しちまってね。旦那と息子を置いて村を跳び出したのさ」

「四十年も前に!? という事は最近のことはわからないんじゃないのか?」

「話は最後まで聞きな、途中で口を挟むんじゃないよ!」


 婆さんに怒鳴られた俺は口を閉じ、二度と喋りませんとジェスチャーを送る。

 それを見た婆さんは、茶の入った容器を口に運び、一呼吸おいて話の続きを語り始めた。


「ま、それから五年ほど各地を彷徨い歩いて、ここに行きついたって訳さね。……そしてつい最近、風の噂で一族が滅んだって話を聞いてね、遠くに住む知り合いに調査を頼んだんだよ」


 つい最近……。それはきっと俺がこの身体に転生した頃ぐらいだろう。

 時期的にはピッタリだ。


「調査の結果、村は跡形も無く燃えて消えちまってたらしい。生き残りは見つからないって話でね」

「でも、俺は生きてる……」

「小僧、口挟むんじゃないよって言ったはずだろ。……ま、そうさね。小僧は生きてた――だが、言い方を変えれば村の生き残りはてめえだけってことになる」


 婆さんは椅子に深くもたれ掛かると、ため息を吐きながら俺を見た。


「ってことは小僧が一族を滅ぼした犯人じゃねえかって思ったんだけどね、てめえみたいなガキに滅ぼせるわけがないさね。魔力も封印されてんだから尚更無理だね」

「…………」

「これがあたしの知る全てだよ。他に何かあるかい?」

「いや、ありがとう。一族が滅んでるってことが真実だって知れたことだけでも充分だ」


 追憶魔術師の言葉通り、一族は滅んだみたいだな。

 婆さんは四十年も前に村を出てるから、最近の村の状況とかはわからないってことだし。


「ちょっと日に当たってくるよ」

「はいよ、ついでに薬草採ってきな。てめえの薬に使う分だ」

「了解、すぐそこに生えてるやつだよな」


 アルヴェリオの封印されるほど異常な魔力。一族の謎の消滅。幻術魔法。

 エンデミアン一族には謎が多すぎる。


 この身体に転生した以上、元の持ち主の無念とかは晴らしてやりたいと思ってる。

 一族を滅ぼした奴を見つけ、アルヴェリオの代わりに仇をとる。

 それが、俺のできる最大限の孝行だ。


 扉を開けようと手を伸ばしたその時、扉が勢いよく開かれる。

 それと同時に入ってきた人物に思い切り衝突し、俺は壁に体をぶつけた。


「邪魔だ人間!」

「邪魔って言い方はないだろ――って、プルメリアさん?」


 血相を変えて家の中に入ってきたプルメリアさんは、婆さんのもとに駆け寄る。


「シルヴィア! 人間が――人間がここに向かって来ている!」

「なんだって? 幻術魔法の結界はどうしたんだい」

「あの男、運がいいのか結界を潜り抜けている! このままじゃ村の皆が!」

「運だけじゃ結界は潜り抜けられないよ。その男、まさかとは思うけど……。ま、いいさね。数は?」

「一人だ! たった一人でここに向かって来ている!」

「一人? はっ、余程腕に自信があんのかただの阿呆か。面白いね、ここは出迎えてやろうじゃないか」


 婆さんは歯を見せながら笑うと、薬草をすり潰し始めた。

 その行動に、プルメリアさんは顔を歪ませる。


「暢気な事を言っている場合か! また仲間が攫われたらどうするつもりだ!」


 プルメリアさんの怒声にも全く動じずに薬草をすり潰し続ける婆さん。

 今まで常に冷静かつ寡黙だったプルメリアさんの豹変ぶりに驚いていた俺に、さらなる追い打ちが仕掛けられる。


「やはり人間は人間か!! 私一人であの男を追い返す!!」


 そう怒鳴り散らしたプルメリアさんは、俺を横切って外に出ていった。

 俺はその様子をただ黙って見ている事しかできなかった。


「……やれやれ、あの娘もすぐ血が昇っちまって駄目だねぇ。そんなんじゃ戦えないったらありゃしないさ」

「……なんとなくだけど、俺も気持ちはわかるよ。仲間のことになると、俺もついカッとなっちゃう時があるからさ」


 確か、婆さんがここに来る前、黒妖精は人間たちに攫われ続けて奴隷とされていたって話を聞いた。

 きっとプルメリアさんは、またそんな事が起こるんじゃないかって不安になってるんだ。


 仲間を一度失っている俺ならわかる。

 仲間を失うツラさを……、守れなかった自分に対する怒りを……。


「ほら、てめえのだよ」


 婆さんは布に包まれた何かを俺に投げ渡す。

 その包みをとると、中には綺麗に縫われて折り畳まれた俺の服が入っていた。


「あの娘の力になってやんな」

「……ああ!」


 いつもの服装に着替えた俺は、プルメリアさんを追って森の中へと入っていった。






□――――ビストリム大陸:ビストラテア






「皆さん、準備は大丈夫ですか?」


 船に乗り込む手前で、セレーネが仲間たちに声をかける。


「大丈夫だよ! 特に何も持ってく物ないからね!」

「僕も問題ないよ」

「アタシも大丈夫よ。いつでも行けるわ」


 真紅の神殿攻略から半月程。

 無事に真紅の耳飾りを手に入れた彼女らは、次に瑠璃の神殿を目指すことにしていた。


「瑠璃の神殿……、行くのはいいんだけど、まさか今問題のあそこに行くことになるとは思ってなかったよ」

「仕方ないでしょ、ぼやいてても瑠璃の神殿が別の場所に移動するなんてありえないわよ」

「移動したら移動したで問題になるけどね~……」


 彼女たちが次に目指す瑠璃の神殿。

 その神殿は、今現在問題となっている大陸に存在している。


 王都トゥルニカ、エルフィリム、ビストラテア、ドフターナ帝国。

 聖王国を除いた五ヵ国の内、八皇竜に襲われたのはこの四ヵ国のみ。


 五ヵ国で唯一、八皇竜に襲われず、二か月前の戦争に参加しなかった国がある。


「では行きましょう。キテラス大陸へ……!」


 その国こそ、キテラス大陸に位置するキテラ王国。

 

 また、その大陸は彼女たちが探し求める人物――勇者が、流れ着いた大陸である。

 彼女たちが無事に勇者と再開できるのか、それともすれ違いになってしまうのか。


 その結末は、神のみぞ知る。 

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