第百三十六譚 封印された魔力


「“実幻リアライズ”!」


 俺の魔力が、イメージ通りの形状の長剣を創り出していく。

 柄から刀身まで、思い描く形そのものに成っていく。


 俺がイメージしたのは、アルヴェリオとして生き始めた日に譲り受けた長剣。

 

 今、この瞬間に一番に頭に思い浮かんだ武器がそれだった。

 何故それなのかはわからないが、きっとこの身体に一番馴染んでいるのが、あの長剣なんだ。


 俺の魔力によって創り上げられた五本の長剣が、俺の身体を囲むように宙へと浮かぶ。


「こっからが勝負だぜ、婆さん!」


 宙に浮かぶ五本の剣と共に、口を開けて固まっている婆さんのもとに跳びこんでいく。


 五本の長剣に魔力を送り込み、婆さんの頭の上に乗っている果物目掛けてそれを飛ばす。

 初めに飛ばした長剣が空を切り、直後に飛ばした二本目の長剣が果物を切り裂いた。


「……参った、あたしの負けだよ」


 果物が切り裂かれたのを見た婆さんは、構えていた杖を下ろして降参の意思を俺に伝えた。


 その瞬間、俺の初勝利が決まった。


「やっと……やっと勝ったぞ……!」


 俺は嬉しさのあまり、手に持っていた木の枝を放り投げながら、後ろから地面に倒れ込んだ。


「まさか、本当に一日で理解しちまうとはね。ま、及第点ってとこさね」

「これで及第点なのかよ……、もうこれが限界だぞ……」

「はんっ、調子づくんじゃないよ! てめえはまだまだ幻術魔法の使い方がなっちゃいないからね!」


 そう言いながら、婆さんは俺に背を向けて家の中に入っていった。


 これで及第点、か。

 幻術魔法による、特殊変化型の魔法――“実幻リアライズ”。


 今まで俺は他者を騙す魔法として幻術魔法を使って来たけど、この実幻という魔法は世界そのものを騙す魔法だと俺は思っている。


 世界の理を騙して、あたかもそれがこの世に存在しているかのようにするのがこの魔法だ。

 本当は実在しないけど、実在している事にするっていう魔法を考え付いた時は、正直本当にできるか不安だった。


 世界を騙すなんて事自体、スケールが大きすぎてイメージがつかなかったからだ。

 それでも、婆さんの言葉をヒントに、なんとかさっきの様な形にまでは創り上げることが出来た。


 実在していないはずの物で攻撃できるのかも不安だったけど、実在している事にするんだから攻撃は当たって当然だった。

 

 色々と考えなきゃならない事は多々ある。

 でも、俺にとっては大きな進歩だ。


 これで、俺はもっと強くなれる。

 もう二度と負けないように。誰も失わないように。


 だから、もっと知る必要がある。幻術魔法の事について……エンデミアン一族の事について。






□■□■□






「いいかい小僧、よく聞きな。幻術魔法は、相手の負の感情が大きければ大きいほど絶大な効果を発揮すんだ。だけどね、負の感情を持ってない奴には効かないんだ」

「じゃあ、心を持たない魔物とかには通用しないってことか……」

「そういうことさね」


 俺が新しい技を習得してから数十分。

 婆さんに頼み込んで、幻術魔法の事について詳しく教えてもらうことにした。


 幻術魔法は負の感情を糧に発動するものらしく、初めから心を持たない者や負の感情を持ち合わせていない者には効かないという。

 さらに、術者の魔力も魔法の効果に関わるのだとか。


 魔力量が多ければ多いほど、より広範囲に幻術魔法をかけることができるらしい。


「俺の魔力量はそんなに多いほうじゃないから広範囲には無理か……」

「……なんだい、てめえ自分の魔力量もろくにわかりゃしないのかい」

「いや、大体は理解してるつもりだけど?」


 “飛躍リーピング”の効果で、どのくらい自分が魔力を持っているのかは測った。

 それで普通より少しだけ多い程度の魔力量だと知れたのは確かだ。


「……はぁん? なるほどねぇ、ちょっとじっとしてな。今てめえにかかってる封印みたいなのを解いてやるさね」

「……封印?」


 突然婆さんから発せられた言葉。

 俺はそれが理解できずに、その封印という単語を聞き返した。


「結構複雑な絡み方してるじゃねえか、一体誰がこんな事……。ま、いいさね。このぐらいだったらすぐに解けるからね」

「だから封印って何の話だよ?」

「てめえの魔力を使用する機関がだいぶ封印されちまってるのさ。つまり、今のてめえの魔力量は本来の魔力量よりも相当下って事だよ」

「……は?」


 魔力が封印されてる? 本来の魔力量は今の魔力量より数倍上ってことなのか?


 いや、でもそんな事一切思った事無いぞ。

 魔力が封印されてるなんて思うような出来事なんかなかったし、不便だと感じた事なんてない。


「いやいや、そんな冗談には引っ掛からないぞ。封印なんかされた憶えがないないからな」

「小僧、てめえ何度か封印を解いて魔法を使ったね? 無意識だか意図的にだかは知らないけど」

「……いや? そんなことは一回も――」


 一回も無い。そう言いかけたその時、俺の頭にある時の光景が浮かんだ。


 ビストラテアの武闘大会。

 その時、俺は会場中に幻術魔法をかけていた。普段は半径三メートル程度が限界なのにも関わらずにだ。

 

 確かに、少しだけおかしいと思った。こんなに多くの人たちに――広範囲に幻術魔法をかけられただろうかと疑問に感じていた。

 あの時は無意識に、夢中になって戦っていたから、何がどうしてそうなったかはわからない。


 それが一時的に封印を解除したからなのだとしたら、あの時の魔力も納得できるかもしれない。


「思い当たる節があるようだね。誰にやられたかは知らないけどこりゃ随分と古い術式だよ。こんな古い術式を使う奴なんざ見た事がないね」

「古い術式……。というより、婆さんって封印解けるのか!?」

「あたしゃこれでも魔法を幾つもかじっててね、このぐらいの封印を解くぐらいなら朝飯前だよ!」


 婆さんはそう言うと、俺の肩に手を置いて何かを呟き始めた。

 すると、俺の身体は淡く光り出し、強烈な頭痛が襲ってきた。


「なん……だ、これ……!!」

「ちょっと我慢してな!」


 それから数秒後、突然に頭痛は治まり、発光も徐々に治まっていく。


「……ほら、これで終わりだよ。具合はどうだい」


 俺は自分の身体をゆっくりと見回すが、どこにも変化は見当たらなかった。


 ただ一つ、自分自身から感じる・・・・・・・・・とてつもない魔力以外は――。

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