第百十八譚 最善の策


「シャッティ!」

「ムルモア!?」


 現れた二人は人混みを掻き分けてこちらに向かってくる。


 ざわつく兵士たちは、何の指示も受けていないのに二人が通る道を作った。

 その道は真っ直ぐと俺たちのいる場所に繋がっていた。


 俺の姿を見たシャッティが元気よく手を振ってくる。

 そんな元気そうな姿を見た俺は思わず笑みを浮かべ、小さめに手を振った。


 小走りで向かってきたシャッティは、一目散に俺に腕を伸ばして飛びかかってきた。


「アルっちー!」

「うおっ!? いきなり抱き着くな!」


 辺りの視線が一気に俺のもとに集まる。

 心なしかセレーネの視線が痛い。


「上手くいったみたいでよかったぁ! ちゃんと助けられたんだね、セレちゃんを!」

「ああ、お前のおかげだよ。あの時、お前がいてくれなかったら今頃……」

「ううん、それは違うよ! セレちゃんを助けられたのはアルっちの力。セレちゃんを説得できたのはアルっちだよ」

「……説得? お前、セレーネの正体知ってたのか!?」

「それは我が説明するとしよう」


 遅れてやってきた大男、ムルモアは俺たちの前に立った。


「まずは主。見事にほだされたようで何よりだ」

「なっ!? ほ、ほだされてはいませんっ」


 ムルモアの言葉にセレーネの顔が徐々に真っ赤に染められる。

 ほだされる……どういう意味だったかな。


「口調が硬くなるとは、もう完全に『エネレス』を捨てたという事であろうな」

「……はい、貴方にはご迷惑をおかけしてばかりで」

「なに、我は楽しかったぞ。主との日々は中々に退屈せずいられたのだからな」


 その言葉の後、ムルモアは「さて」と話を繋げ、俺に体を向けた。


「アルヴェリオ・エンデミアン。貴様のおかげで主が救われた、礼を言おう」

「礼を言われるほどのことじゃないって。当然のことをしたまでだ」

「ふむ、裏切り者を救う事が当たり前とな? やはり面白い男であるな、貴様は」

「えへへ……それほどでもー!」

「いやお前は褒められてないからな? 俺だからな?」


 この状況を見たセレーネが小さく笑う。

 それに釣られ、俺も微笑を浮かべた。


「緊張を解くのはまだ早いな、主らにはまだやるべきことが残っているであろう?」

「ああ、この戦争を止める」


 即答した俺を見て、ムルモアは満足げに頷く。


「ならば東の戦場へと向かえ。そこに我らの総指揮がいる」

「総指揮……」

「憶えていませんか? エルフィリム領でアル様が遭遇した二角の兜を被った騎士です」


 俺は顎に手を当て、自分の記憶を探る。

 エルフィリム、二角の兜、騎士。


 この三つの情報を頼りに、思い出していく。


「あの煌びやかな鎧を着てた奴か……!」


 ぼんやりとした記憶だけど、確かに二角の兜を被っていた。

 それに、尋常じゃない程危険な感じがした事を憶えている。


「この戦争を止める最も早い手段は、総指揮の持つ撤退を意味する信号魔道具を奪い、空へと向けて放つことであろうな」

「停戦協定を結ぶのは駄目なのか?」

「例えこの地が停戦しようとも、他の戦場は止まらぬはずだ。であるが故に、最も確実な手段が先程言ったあれなのだ」


 ムルモアは辺りを見渡し、再び俺に顔を向けた。


「今、この地の兵士たちは混乱している。しばらくは戦闘は行われないであろう。我はここで戦闘が起こらぬよう待機している、貴様はその間に一刻も早く総指揮から信号魔道具を奪って撤退させろ」


 ムルモアの言う通り、先程からここ一帯の兵士たちは一切戦闘を始めていない。

 ざわざわと俺たちがいるここに視線を向けて、状況を理解しようとしているのだろう。


 好機と言えば好機だ。

 この混乱の中、安心して東の戦場に向かえるのだから。


 ただ――。


「……悪いけど、俺はまだお前を信用してるわけじゃない。まだお前の事を何も知らないわけだしな」

「ふむ、それもそうだ。貴様がもし安易に信じるなどとぬかしていたらこの地で暴れてやろうかと思っていた所だ」

「ならわたしが残るよ!」


 シャッティが元気よく手を上げて、俺とムルモアの間に割って入る。

 思いがけない行動に、俺は思わず声を上げた。


「なっ……! シャッティ、お前何言ってんだ!?」

「わたしがここに残れば、アルっちは安心していけるでしょ? それに残ってた方がいろいろと都合が良さそうだしね!」


 笑顔で答えるシャッティ。

 そんなシャッティに、セレーネは静かに問いかけた。


「シャールさん……、貴女はアル様と共に行って下さい。私では戦闘のお役に――」

「ううん、セレちゃんが行って! きっとわたしよりもセレちゃんの方がアルっちの役に立てるから」


 セレーネの言葉を遮り、シャッティは言葉を発した。

 それが予想だにしなかったのか、セレーネは目を丸くし静止する。


「何と言われようとわたしはここから動かないよ! ほら、行った行ったー!」

「まあ妥当であろう。時間がない、さっさと行くがいい」


 そう言って、二人は兵士たちの方に振り返り、ゆっくりと歩いていった。

 歩きながら、シャッティたちは停戦協定の話を大声で叫んだ。何度も何度も、これ以上犠牲を出さないようにと。


「これはまた随分と大変な仕事だな……」

「ごめんなさい、私ではきっと貴方の力には慣れないというのに……」

「そんなことはないさ、お前の回復魔法があると思うだけで凄く安心できるからな。さ、行こうぜ」


 俺たちは北の戦場を後にし、東の戦場へと向かって行った。

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