第百七譚 友


「テメエらはここで二人揃ってオレに殺されるんだからよォ!」


 紅騎士の威圧的な声に殺意の様な物が混ざるのを感じる。

 こいつとエネレスに何の関係があるかは知らないが、邪魔をするなら叩っ斬るまでだ。


「どうするの……? どんどん敵が集まってくるよ……?」


 シャッティの言う通り、さっきから続々と敵の兵士たちが周りに集まってきている。

 連合軍の兵士たちは何をしてるんだよ。


「……決まってる。あいつを倒して先に進むまでだ」


 俺は魔法陣を限界まで広げ、紅騎士が入る位置――六メートル先までを効果範囲に入れた。


 半径六メートル。直径でいえば十二メートル。

 周囲には多くの敵兵が入り込んでいるから“苦痛ペイン”を使えば一掃できるはずだ。


 将軍だろうが何だろうが幻術魔法の前では無力。

 情報提供をしてくれたお礼に一番長く苦しめてやる。


「“苦痛ペイン”!」


 俺を中心に兵士たちが倒れていく。

 あれほど威勢の良かった紅騎士も、膝からがくっと崩れ落ちた。


「い、今の内に、先に進むぞ……!」


 乱れた呼吸を整えながら、シャッティに声をかける。


 流石に幻術魔法を使いすぎたのかもしれない。

 ろくに寝てない分体力の消費も激しいし、急がないと俺の方が持ちそうにない。


「でも……っ! まだ敵が集まってくるし、きりがないよ!」

「だからこそ今の内に進むんだ!」


 俺は胸を押さえながら、その場を駆けだす。

 

 紅騎士の言った事が本当なら、エネレスは北にいる。

 北に行くためには、目の前に広がる森を抜けなければならない。


 おそらく――いや、絶対に伏兵は潜んでいるだろう。連合側か聖王側かはわからないが。

 もしかしたら森の中でも既に戦闘が始まっているかもしれない。

 その場合は隙を見て森を抜け出す。これで体力は温存できる。


「あの白髪の男には気をつけろ! 妙な魔法を使われる前に殺せ!」

「次から次へと邪魔しにきやがって……! お前らに構ってる暇なんかないんだぞ……!」


 俺は森に向かっていた足を止め、振り向きざまに幻術魔法を唱えようとした。その時、視界に信じられないものが映る。


「ありゃァ、バレちまった」


 振り向いたその先には、先程“苦痛ペイン”を受けて倒れていたはずの紅騎士が平然と立っていた。


「もう少しでテメエの首を搔っ斬れたのによォ……。あーァ、勿体ねェ」

「お前、なんで動けるんだよ……。あの魔法は……そんなすぐには起き上がれないはずだぞ」

「あァ? まァそうか、それもそうだな。テメエの必殺が全く効かなかったんだから、その理由は知りてェよなァ?」

「っ……! それ以上近づいたら射るからね!」


 シャッティが俺の前に立ち、弓を持って魔矢を射ようと構える。

 紅騎士は剣を肩に乗せ、ゆっくりと近づいてくる。


「だが教えねェ! 教えちまったらつまんねえからなァ!」

「どけ、シャッティ!」


 俺はシャッティを撥ね除けて手を伸ばす。

 自分のありったけの魔力を込め、全力で魔法を唱えた。


「“苦痛ペイン”!!」


 しかし、紅騎士はびくともせずに歩きを止めないで俺たちに向かってくる。


「効かねェ、効かねェなァ! なァ、“再誕の勇者”サマよォ! 今どんな気持ちだ!? 教えてくれよ!」

「お前……!!」


 俺は再び紅騎士に向かって手を伸ばす。

 魔法陣に割いている魔力を徐々に減らしながら、幻術魔法に魔力を集中させる。


「“苦痛ペイン”! “苦痛ペイン”! “苦痛ペイン”!!」


 何度も何度も、俺は紅騎士に幻術魔法を唱え続ける。

 しかし、それでも紅騎士には全く効かなかった。


 息が切れる。頭が痛い。胸が苦しい。

 魔力の消耗により、俺の身体が悲鳴を上げる。


「もうやめてアルっち! 死んじゃう、死んじゃうから!!」


 シャッティの声が聞こえる。

 だけど、今はそんな事どうでもいい。


 目の前にいる奴を倒せさえすればそれでいい。


 意識が朦朧としてくる中で、俺はもう一度“苦痛ペイン”を唱えようと口を開く。


「“苦――ゴホッ!!」


 むせて思わず口を手でふさぐ。

 手を口から離し、手のひらを見てみると、そこには少量の血反吐が付いていた。


「なんだよ、もう終わりかよ? あァ、つまんねェ。あの人が期待してるからどんな奴かと思って戦ってみりゃァこのザマかよ……」


 紅騎士は歩くスピードを速める。

 肩に乗せていた剣を構え、いつでも斬る準備は出来ていると言わんばかりに奴からは殺気が感じ取れる。


「死ねよ」


 紅騎士は俺の眼前に立ち、剣を振りかざした。


「だめぇ――!!」


 剣が振り下ろされる瞬間、シャッティが俺に体当たりをかます。

 その衝撃で軽く飛ばされ、シャッティと俺は間一髪のところで紅騎士の一撃を避けた。


「……テメエ、何してくれてんだよ、あァ?」

「アルっちは……殺させない! 絶対にわたしが守る!」


 シャッティはふらつきながら立ち上がると、弓を構えて俺の前に立った。


「シャッティ……? お前……」

「大丈夫だよ、アルっち。君は絶対に死なせないから」

「オレをイラつかせたんだ……、テメエ楽に死ねると思うなよ」

「やめろ……駄目だ……。お前じゃアイツには……」

「ふっふっふっ、心配はいらないよ! アルっちは今使い物にならないからね。ということはシャッティさんの出番って訳だよ!」


 そう言ったシャッティは、顔だけをこちらに向けてにこやかに笑った。

 その笑顔は、武闘大会の時に見た曇りのない笑顔だった。


「シャッティ! 駄目だ!!」

「さあ行って、アルっち。絶対に助け出してきてね」


 シャッティはそう言うと、一人で紅騎士に突っ込んでいく。

 

 駄目だ、駄目なんだよ。

 あいつは一人じゃ罠もろくに仕掛けられないのに。

 紅騎士と戦ったら確実に――そんなのは絶対に駄目だ。


 俺がなんとかしないと。


「――その役目は僕が引き受けよう」


 紅騎士とシャッティの間に、一頭の馬がもの凄い勢いで割り込む。

 予想だにしない乱入者の登場により、二人は立ち止まって動かなかった。


 次の瞬間、紅騎士の頭上から一人の妖精が斬りかかる。

 その攻撃を弾かれた妖精は、後ろに跳んで短剣を構えた。


「誰だテメエはァ!? 今度はテメエに邪魔されんのかよ! あァ!?」


 紅騎士は妖精に剣を向けながら怒鳴った。

 その妖精は構えを解きながら、言葉を発した。


「僕は妖精族の王子であり、今回の妖精族の大将だよ。――でも今は、勇者の……一人の友としてここにいる。僕の名前はグラジオラス。君に二人は殺させない」


 勇者の――俺の友だと、ジオはそう言って紅騎士に立ちふさがった。


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