第百六譚 現れた真紅の騎士
アルヴェリオたちが到着した中央部の戦場。そこから東に進んだ森の奥の開けた場所で、妖精族たちが本陣を構えていた。
この戦いで妖精族を率いているのは、若き天才と呼ばれるウェスティリア卿。
ウェスティリア卿にとって、一部隊を任せられることは多くあったものの一軍を率いて戦うのは初めてだった。
しかし、ウェスティリア卿はそんな重圧にも負けずに天才と称されるほどの才能を見せつけていた。
「エレクタムの部隊を中央に回してほしい。それと同時に、西の戦場にいるオウリアンダ隊を北へ。アドニス殿はこのまま東の戦場をお願いします」
「直ちに伝令を出します」
「任されよ! 聖王の手下どもに老兵の強さというものを知らしめてやるわい!」
ウェスティリアの指示により、本陣にいた妖精族の将たちが動き出す。
武器を手に取り、控えている兵たちを連れて戦場へ行く姿を見ているだけしかできない事に、彼は少々もどかしさを感じていた。
妖精族の代表――つまり大将首の一角である自分が討たれてしまえば、味方の指揮に関わってしまう。
そのような事はないと考えてはいるが、万が一という事があるかもしれないとこの場を動けずにいた。
そんな時、一人の妖精族が慌てて彼のもとへ駆け寄ってくる。
「ウ、ウェスティリア卿! 王子殿下が!」
その知らせを受けたウェスティリア卿は、思わず立ち上がる。
知らせに来た妖精族の後ろから出てきた人物に、ウェスティリアは足早に近づいていく。
「ウェスティリア卿、戦況を教えてくれないかい? 僕も君たちと共に戦うよ」
「グラジオラス王子……!」
妖精族の本陣に現れた王子――グラジオラスに戦況を説明し、彼らはすぐさま軍議を始めた。
これにより、妖精族の全指揮権をグラジオラスに移行。
その知らせは戦場中に広まり、妖精族の士気が大いに高まった。
□――――ドフタリア大陸:ドモス平原:中央部【アルヴェリオside】
「エネレスはどこだ?」
俺は長剣を聖王軍の兵士の首元に押し当てる。
兜と鎧の隙間に丁度剣先が入り込み、いつでも首を斬り落とせる形になっている。
「エネレス様の居場所だと!? 知っていたとしても教える気はない!」
「そうか、残念だ」
その言葉と同時に、長剣を太腿に突き刺した。
兵士は悲鳴を上げ、苦しそうに悶えた。
「アルドヘルム隊長!」
周りを囲っている兵士たちが声を荒げる。
あれ。どうして俺はあのまま長剣を引き抜かなかったんだろうか。
どうして俺はこの兵士の太腿に長剣を突き刺したんだろうか。
「ぐっ……! 死んでも教えんぞ……!」
俺は反射的にもう片方の太腿に長剣を突き刺した。
まただ。
どうして首を斬らなかったんだろうか。
その方が早いのに。
「アルっち! 敵がたくさん来るよ!」
「増援か……」
長剣を引き抜き、隊長と呼ばれた兵士を人質に道を開こうとしたその時、俺は自分の身体に違和感を覚える。
俺の手は、小刻みに震えていた。
どうして震えているのか、全く検討がつかない。
「はっ……! お前、手が震えているじゃないか! 敵とはいえ同じ人間を殺すのは恐いか!?」
「“
俺が幻術魔法を唱えると、周りの兵士たちが膝から崩れ落ちる。
恐い? 俺が?
まさか。そんな事があるはずがない。
邪魔をする奴は斬る。例え誰であろうとも。
そう、そうだ。
決めてただろ。
俺の前に立ちふさがる奴に容赦はしないと。
人間相手だろうと目的の為なら斬ると。
そう覚悟してただろ。
「アルっち! 上!!」
シャッティの声が辺りに響く。
次の瞬間、上空から人影が落ちる。
その衝撃により、俺とシャッティは丘の方へと飛ばされた。
地面に思い切り叩きつけられた腰がズキズキと痛む。
何かが落下してきた位置には土煙が舞い、その正体がわからない。
「いやァ、ツイてる。ツイてるぜ俺ァ」
土煙の向こうから若い男の声が聴こえてくる。
その声は低く、とても威圧的に感じた。
「まさか“再誕の勇者”サマに会えるとはなァ。これも全部日頃の行いが良かったからってやつだろうなァ!」
土煙が何かに引き裂かれたように消える。
向こうから現れたのは、真紅に染まった鎧を纏う騎士だった。
「カ、カーマイン将軍だ! カーマイン将軍が助けに来てくださったぞ!」
いつの間にか俺たちを囲むように位置していた兵士たちが歓喜の声を上げた。
この真紅の騎士の事を将軍と言っているようだったけど、もしそうならエネレスの居場所を吐かせるチャンスだ。
「……お前は将軍なのか?」
「あァ、そうさ。オレは“紅騎士”カーマイン。正真正銘の将軍様だ!」
「エネレスはどこにいる?」
「……はァ?」
俺の問いを聞いた途端、紅騎士の声音が変わる。
「チッ、テメエあのエネレスのヤロー目当てかよ。あァつまんねえなァ」
「エネレスの居場所を知ってるの!?」
「あァ、知ってるぜ。ヤローは北にいる」
紅騎士は「ただ」と言って言葉を紡ぐ。
「まァ知った所でテメエらはそこに行けねえけどな」
紅騎士が両手に持った二本の剣をまるで自分の身体の一部であるかのように振り回す。
その内の一本を俺たちに向けた。
「テメエらはここで二人揃ってオレに殺されるんだからよォ!」
紅騎士の表情は見えないが、確かな殺意がそこにあった。
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