第九十九譚 対立
「アルヴェリオ!」
俺の姿を見た、一人の妖精族が駆け寄ってくる。
「よう、無事だったみたいで何よりだ!」
「それは僕らの台詞だよ……」
ジオは呆れ顔でそう言った。
この様子を見かけた者たちが、続々と集まってくる。
オトゥーに着いて来て、辿り着いたのがこの小さな村。
海岸に近いこの村には、先に着いていたジオたちがいた。
ジオによると、俺が船から落ちて二日後にドフタリア大陸に辿り着いたらしく、この村を拠点に俺の事を探し回ってくれていたそうだ。
時間で言えば、俺が落ちておよそ四日が過ぎていた。
四日。あまり日が経っていなくて良かった。
戦争が始まるにしてももう少し時間がかかるだろうから、始まる前にドフタリア大陸に着けたのはラッキーだと思う。
「そういえば、アザレアとシャッティはどこ行ってるんだ?」
「ああ、彼女たちなら森の中に狩りをしに行っているよ。この村に居させてもらっている以上、村の人たちにお世話されっぱなしは申し訳ないからって食料をね」
オトゥーの住むこの村の人口は、五十人程度。全てが炭鉱族で、七割が女子供だ。
それに対し、ジオたちの人数は二十人程度。女子供が多い村にとって、普段以上の食料を調達するのは厳しいだろう。
だから、アザレアとシャッティが罠を張って食料を調達してくるというわけらしい。
「……ジオ、ちょっといいか?」
俺はそう言って、周りに集まっていた船員たちを離れさせる。
ジオも何か話したい事があったのか、迷いなく頷いた。
近くの木に背を預け、俺は話を切り出した。
「オトゥー、だよな。あいつは」
「うん、あれはオトゥーだ。間違いない」
「……あそこまで人間嫌いじゃなかったよな? やっぱり四ヵ国同時襲撃の時の話は本当だったのか?」
俺の問いかけに、ジオは下を向いて黙る。
四ヵ国同時襲撃。
俺がアルヴェリオとして転生した日に起きた出来事だ。
王都トゥルニカ、エルフィリム、ビストラテア、ドフターナ帝国。
世界の五国ある内の四国が聖王に襲撃され、この出来事でドフターナ帝国が滅亡したという話があった。
襲撃された王都トゥルニカ以外の三国はそれぞれ二頭の八皇竜に襲われ、特に被害が大きかったのがドフターナ帝国だったという噂だ。
事実、王都トゥルニカに現れたのは一頭だったし、それも八皇竜の中でも六番目に強いと言われる炎竜。エルフィリムも、現れたのは二頭だがほとんど何もいないで去っていったらしいし。
それに比べると、ドフターナ帝国は水竜と光竜という八皇竜の中でも二、三番目ぐらいに強い竜だ。
そんな奴らに本気で襲われてしまえば跡形もないだろう。
「僕もこの二日間、村で話を聞いてみたんだけど、やっぱりドフターナ帝国は滅んでいるらしいね……」
「皇帝も死んだのか?」
「うん、どうやら一方的だったらしくてね。兵士たちはほぼ全滅、国民も大半が殺されてしまって残った人たちも散り散りに逃げたらしいんだ。現皇帝だったウィザーライトもその血族も全員、光竜の光線で城ごと焼かれてしまったらしいから……」
皇帝もその血族も全員死んでしまっているなら、ドフターナ帝国は事実上滅んでしまったという他ない。
だが、国民が散り散りになって逃げたという事。それだけが唯一の救いだ。
民がいれば国は建て直せる。きっと。
「この村の人たちの中にも帝国から逃げてきたって人もいるんだ」
「つまり、他に逃げた人たちもどこかの村に匿われている可能性が高いって事になるよな……。だとすると、このまま戦争が起これば炭鉱族の村の人たちは危ないんじゃないのか?」
ジオは黙って頷く。
もしかするとジオはそれについて話したかったのかもしれない。
「僕らがここにやってきた理由はエネレスに会う為、だったよね?」
その問いかけに、俺は「ああ」と一言。
返事を聞いたジオは、そのまま話を続ける。
「エネレスに会ってセレーネちゃんの居場所を知るために僕らは戦争が行われる場所にやって来た。それはつまり戦争に参加するという事になるわけだけど――」
「いや、別に戦争に参加するとは言ってないぞ?」
「ならこの戦争、見知らぬふりして無視するのかい?」
「そうは言ってないだろ、エネレスに会ってセレーネの居場所を吐かせたら――」
「セレーネちゃんを助けに行くんだよね? 戦争を無視して」
ジオの言葉に、俺は少しだけカチンときた。
「ああ、行くよ。助けに。でもそれの何が悪いんだ? 仲間を助けずに戦争に参加しろって言ってんのかよ?」
「いいや、仲間を大事に想うのは悪くないと思うよ。でも、もしセレーネちゃんを助けだした時に戦争が終わっていたら? 連合軍が負けていたらどうするんだい?」
「……さっきから何が言いたいんだよお前は?」
俺のイラつきは言葉にも少しだけ出ていた。
さっきからジオが何を言いたいのかがさっぱりわからない。セレーネを助けに行くなって言ってるのか?
仲間を見捨てて戦争しろって言ってるのか?
「この戦争を止めるんだ、僕らの手で」
あまりにも簡単に言われた言葉に、俺は理解が追い付かなかった。
戦争を止める? 俺たちが?
無理だ。いくらなんでもそれは無理だ。
「止めるって……相手は聖王軍だぞ? そう簡単に戦争が止まるんだったら戦争なんて起こらねえよ」
「このままだと炭鉱族の民が死んでしまうんだよ? それでいいのかい?」
「良くない、良くないに決まってるだろ! でも――!」
「セレーネちゃんの方が大事、って言いたいんだよね? 人としてその感情は間違っていない。むしろ正解だよ、大切な人を守りたいという感情は。でも――君は勇者だ」
勇者? 勇者だから何だって言うんだ。
勇者なら人の感情は捨てろと? 私情を挟まず世界を救えと、そう言ってるんだこいつは。
「……勇者が何だっていうんだよ。俺の最優先事項は仲間を守る事だ、だから俺はセレーネを優先する」
「……最近の君はおかしいよ、アルヴェリオ。君はそんな事言う奴じゃなかっただろう?」
「おかしいのはお前だ、ジオ。仲間を失うツラさ、お前もわかってるだろ!?」
「わかる、わかるけど今は、いや君は――!」
「もういい! これ以上話したって無駄だ」
そう言って、俺はその場を後にする。
「違うんだ、僕が言いたいのは……。僕の声も届かないのかい……」
去り際に聞こえてきた言葉は、なぜか心にずっと残った。
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