第九十八譚 分かり合えるはず
それは、リヴェリアがドフタリア大陸に着いた頃の話だ。
俺たちはドフタ―ナ帝国に眠るとされる伝説の武器を譲りうける為に、ドフタリア大陸に足を運んだ。
しかし、炭鉱族というのは人間の事が嫌いらしく、俺たちとまともに話しさえしてくれずに帝国を追い出された。
事前に、炭鉱族が人間嫌いだという事は承知していた。わかっていた上で、何とかなると思っていたんだ。
あの時、きっと何をしていようが追い出されるのは決まっていた事なんだと思う。
そのおかげで、俺たちはある少年に出会う事が出来たんだ。
オトゥー=カタプレイト。
帝国より東にある小さな村に住む少年だった。
彼は路頭に迷っていた俺たちに良くしてくれた。
出会った当初は警戒されていたけど、話している内に段々仲良くなって、炭鉱族とも分かり合えるんだってことを教えてくれた。
彼の村の村長は、帝国のお偉いさんの親戚で、帝国の皇帝と話すきっかけを作ってくれたんだ。
勿論、村長にその話を持ち掛けてくれたのもオトゥーで、必死に頭を下げてくれた。
人間である俺たちの為に。
そのおかげで、俺たちは伝説の武器を譲り受けることが出来たんだ。
全てはオトゥーのおかげだった。
そんな恩人でもあるオトゥーが、すっかりおっさんになって俺の目の前に立っている。
何とも不思議な状況ではある。
「……なんだよ、もうすっかり老けてるじゃねえか」
「いいや、例えお前がオイラの事を知っていようが、オイラはお前の事なんか知らないっ! この島から出ていけっ、人間!」
ふと、疑問に思う。
オトゥーは人間が嫌いではなかったはずだ。
それなのにこんな反応を見せるなんて、この五十年で何があったのだろうか。
「オトゥー、俺だ! リヴェ――!」
言いかけた口が止まる。
俺がリヴェリアと発しようとした瞬間に、もの凄い殺気が飛んできた。
なぜ? なぜなんだ?
俺がお前に何か変な事でもしたのか?
まさか、聖王の話を本気で信じているのか?
「人間なんて大嫌いだっ、人間との間に友情なんか芽生えやしないっ! 人間とは一生分かり合えない存在なんだっ! これ以上言わせるつもりなら、オイラは本気でお前を潰すっ!」
もう一度、オトゥーがハンマーを構えなおす。
俺はこの状況の打開策を必死に考える。
ここでオトゥーと戦う? 違う。
粘って身の潔白を証明する? 違う。
リヴェリアだと伝える? 違う。
どれも駄目だ。
どうする、どうしたらいい?
「……もう待てないぞ、オイラの渾身の一撃を喰らえっ!」
ハンマーを振り上げて突っ込んでくるオトゥー。
俺はそれを左へかわす。だがオトゥーの一撃は凄まじかった。
振り下ろされたハンマーは大地を砕き、その衝撃は近くにいた俺を吹き飛ばすほどだった。
「冗談だろ……!?」
「避けるんじゃないっ! 動くなっ!」
「それは無理だって!」
再び、ハンマーを構えるオトゥー。
こんな所で時間を食ってるわけにはいかないんだ。だからと言って、ここで戦ってしまえば後で後悔するだろう。
ならどうするか。俺のちっぽけな頭では、これが精一杯だった。
かつてと同じように、諦めずに対話を続ける事。
諦めずに、俺が敵ではないという事を信じてもらう事が最善策だ。
俺たちは分かり合えた。分かり合えていたはずなんだ。
たった五十年前の事なのに、それができないはずがないんだ。
俺は深呼吸し、オトゥーと向き合った。
「……逃げるのはやめたのか?」
「ああ、止めだ。俺は敵じゃない、だから敵じゃないお前と戦う必要がないからな」
「人間は敵だっ。オイラたち炭鉱族は人間に裏切られた! だからお前も敵なんだっ!」
俺はオトゥーから目を離さずに、じっと立つ。
敵じゃない。それを信じさせるには言葉と行動で示さなきゃいけない。
言葉と行動、どちらが欠けていても駄目だ。
俺は腰に差していた長剣を地面に置いた。
「……何のつもりだっ、人間!」
「敵対する気はないって事なんだけど、まだ足りないか?」
「オイラをっ……馬鹿にしてるのかっ!? もういい! 今潰してやるっ!」
オトゥーがもの凄い気迫と共に、俺へと突っ込んでくる。
それにも動じず、俺はただじっとオトゥーを見据える。
振り上げられたハンマーは、一気に加速して俺の頭上に振り下ろされた――はずだった。
その一撃の衝撃が風圧となって俺の身体に当たる。
振り下ろされたハンマーは、俺の頭上で静止していた。
「何で避けようとしないんだ、お前っ」
「だから言ってるだろ、俺にはお前と戦う理由が無いんだって」
しばらくの沈黙が続く。
沈黙の後、オトゥーはやっと信じてくれたのか、ハンマーを下ろして背負った。
「……信じてくれたみたいで良かった」
「別にまだ信じたわけじゃない。オイラが馬鹿らしくなっただけだっ」
俺に背を向けるオトゥーは、「それと」と言葉を紡ぐ。
「お前、妖精の知り合いだろっ? よく見たら話に聞いてた奴にそっくりだ、お前。オイラの村にお前の仲間がいるから着いて来い」
「アザレアたちがいるのか!?」
「名前は知らないが、船乗りの獣人は多かったな。それと船もあった」
アザレアたちがいるということは、やっぱりここはドフタリア大陸ってことなのか?
いや、断言はできないな。もしかしたら見知らぬ大陸に停泊しただけって可能性も否定はできない。
でも――オトゥーがいるという時点で、かなり絞られてくる。
「なあ、オトゥー」
「気安くオイラの名前を呼ぶなっ、人間!」
「悪かったよ。それで、ここってドフタリア大陸で間違いないのか?」
俺の言葉に、オトゥーは動かしていた足を止め、ピタッと歩みをやめた。
「……ああ、そうさ。ここはドフタリア大陸――何もかも無くなっちまった場所さ」
「何もかもが……?」
「くそみたいな滅びの大陸によくきたなっ、人間」
オトゥーの言葉は、力強くてどこか悲しげだった。
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