第八十八譚 不滅なる勇者の幻影


 煙が晴れた舞台の上で、金属と金属がぶつかり合う音が響く。


「どうした? この程度の人間が我が王の興味を引こうなど恥を知るがいい」

「別に聖王の興味を引こうだなんてこれっぽっちも思っちゃいねえよ!」


 ムルモアの金棒が俺の頭上を薙ぐ。

 金棒を避けた俺は素早く回り込み、後ろから長剣を振り下ろす。

 しかし、ムルモアは器用に回転して金棒を防御にあてがう。


「そんな巨体のくせして素早く動くんじゃねえよ……!」

「見た目で判断するのは三流のすることであろうに」

「誰が三下だこの野郎!!」


 勢いよく跳び出した俺は斬りかかる仕草を取る。

 その仕草に釣られたムルモアは金棒を構えて振り下ろそうとした。


 だが、俺は振り下ろされる直前に急停止し、元いた方向にバックステップする。


「何――!?」


 金棒が振り下ろされた瞬間にまた跳び出し、その得物を駆けあがって肩に乗る。


 俺は一瞬だけ笑みを浮かべると、肩から背中にかけて抉るように斬りつけた。


「ぐぬゥ……!」

「三下はこういう誘い行為をすると思うのか?」


 俺の攻撃をまともに喰らったムルモアは片膝をつく。


 奴の背からは真っ赤な血がだらだらと流れ続けている。

 どうやら確実にダメージを与えられたらしい。


 スヴィンに斬られた時は傷がつけられていなかったようだが、今回は大丈夫のようだ。

 ということは、ムルモアが幻術魔法を使えるっていう可能性は極端に低くなったな。


「悪いけど追い打ちかけさせてもらうぜ!」


 そう言葉にした俺はムルモアとの距離を一気に詰める。


 だが、ムルモアは金棒を舞台に叩き付け、それを軸に跳び上がって俺から距離をとった。


「器用すぎるだろ、お前……!」

「侮った貴様の不覚よ」


 しばらくの膠着状態が続く。


 俺はシャッティの方に目線をやる。

 シャッティとエネレスも戦いが均衡しているようだ。


 魔矢を射て罠を仕掛けようとするシャッティに対し、それをぎこちない動きではあるが長槍で払い落とすエネレス。

 魔矢の残りは少ないが、エネレスの体力消費も激しい。

 シャッティには魔矢が無くなったとしても接近戦で戦える実力がある。

 だから向こうはシャッティが勝つはずだ。


 となれば、なんとしても俺が勝たなくちゃいけない。

 出し惜しみなんかしてる場合じゃないんだ。


 俺の出せる全力を持って目の前にいる敵を倒す。


 恥ずかしいし、まだ慣れていないから全部言わなきゃいけないが――これを使わなきゃ勝てないのなら思いっきり唱えてやる。


 俺は左手を前に出し、魔法を唱え始める。


「光は影、影は光。光あれば影が生まれ、影あれば光が生まれる。我光なれば、我在る限り影は不滅。即ち我は光、影は我!」


 俺の周りに魔力が集まる。

 その様子を観ているムルモアは、何が起こっているのかわからずに黙っている。


「“不滅なる勇者の幻影ミラージュ・エンティティ”!!」


 その直後、俺の両隣に魔力の塊が一つ、また一つと増える。


「な、なんだその魔法は……!?」


 あのムルモアでさえもが目を丸くして驚愕の表情を浮かべている。


『なッ、何という事でしょう!? アルヴェリオ選手が一人、また一人と増えていきます!!』


 俺はポーズをとるかのように片手で顔を覆い、そのまま下を向いた。

 そして俺は思う。


 ナニコレ凄い恥ずかしい。

 我ながら思うんだけど何、不滅なる勇者の幻影って。

 いや恥ずかしくて顔上げられないんだけど。


 確かに、確かに言葉としては間違ってない。

 いくら場の雰囲気に流されたって言っても流石にアレはないよな?


 いくらそういう時期があってそういう発想していたからといってここに持ち込むのはどうかと思うんだけど。

 まあ、こういう魔法とか普通にあって詠唱もそういう風なの沢山あるけどね? でもいざ言うと恥ずかしすぎるって。


 次唱える時は名称変えよう。普通に“幻影実体ミラージュ・エンティティ”でいいよ。無難に。


「貴様! これは一体何だというのだ!?」

「……今までの幻影は触れたり、幻影だと認識された時点で解けてたんだ。でも、これは違う。俺という幻影を実体化させるのがこの魔法だ」

「幻影……? 実体化……? 何を言っているのだ……!?」

「ああ、そういえばお前らは知らないんだっけな」


 俺の両サイドに並ぶ幻影――総勢五人。俺を含めて六人だ。

 魔力の関係で今はこれだけしか実体化できないけど、魔力さえあれば何人でも実体化できる。


 簡単に言ってしまえば分身、みたいなものだな。

 一定の攻撃を受けたら――というかほぼ一発でダメになるんだけど。

 欠点としては、その紙装甲と魔法陣の中でしか動けないって事ぐらいだろう。


「行くぞ、ムルモア。俺の全力でお前を倒す」

「貴様が何人増えようとも結果は同じ事、返り討ちにしてくれよう」


 俺は頭の中で分身に命令する。

 俺を筆頭に、分身たちもムルモア向かって跳び出した。

   

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