第八十九譚 決勝の行方


 ムルモア目掛けて跳び出した俺と分身たち。

 分身は時間を空けないように連続で攻撃を仕掛けていく。


 一人が攻撃すればもう一人も攻撃を加え、時間差で一人、また一人と連携する。

 その一巡の攻撃時間はおよそ二秒。


「な、なんなのだこれは! この魔法は!? 知らぬ、知らぬぞ我は!」

「今日初めて見せたんだ。知らなくて当然だろ!」


 分身とは言っているが、別に俺の力を半減して分身を生み出している訳じゃない。

 この分身は俺そのものだ。

 

 力も速さも剣の腕も、俺と同じ強さを持っている。

 欠点なのは知性もないし話もしないってところだが。

 それ以外で言えば、この分身たちは一種の生命体なのだ。


「ちょこまかと……! 薙ぎ払ってくれる!」


 ムルモアはその言葉とほぼ同時に金棒を振り回して辺りを薙ぎ払った。


 しかし、その攻撃は一切通用せず、俺たちは一気に反撃に打って出る。


「何故貴様が何人もいるのだ……! あり得ぬ、このような事はあり得ぬ!」

「お前がどう思おうが知ったこっちゃない。これが現実なんだからな!」


 分身たちがムルモアに休む暇も与えない隙のない攻撃を続ける。


 そこから少し離れた場所で、俺は長剣を鞘に納めた。


 肩の力を抜き、瞳を閉じる。

 視界が暗闇に包まれるのを確認し、辺りの情報を一時的に遮断する。


 俺が感じるのはただの無。

 何も見えず、何も聞こえない孤独な空間。


 俺は柄に手をかけながら前傾姿勢を取る。


 ゆっくりと辺りの音が聞こえ始める。

 何万という声や音が入り混じる中で、ただ一つの音を探す。


 かすかな音でも、求めるただ一つのそれを探って。


「しつこいぞ貴様らァ!」


 俺の耳にはっきりと聞こえたその声。

 ゆっくりと前のめりに力を込める。


 そして力強く、一気に解き放った。


 暗闇の中に浮かぶたった一つの目印目掛けて。

 たった一つの音を頼りに。


 跳び出した勢いを乗せて体ごと長剣を振るう。

 長剣を振るった後、反動で少しだけ進んだ場所で止まった俺はゆっくりと目を開ける。


 遮断していた情報が一気に伝わってくる。

 鳴りやまない歓声、実況者の暑苦しいまでの実況。


 そして腕に残る確かな感覚。


 ゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには俯せで倒れているムルモアの姿が目に映った。


 同時に、響き渡るシャッティの叫び声。


「やッ……たぁーーッ!!」


 声の方を向くと、シャッティが両腕を天に掲げて喜んでいる姿と、場外となったエネレスの姿が。


 瞬間。

 闘技場全体が大歓声に沸く。


 俺とシャッティは互いに目を合わせると、二人そろって笑顔を見せた。


『――試合終了ーーッ!! この白熱した大熱戦を繰り広げた決勝戦の勝者は『アルヴェリオ&シャール』ペアーーッ! 武闘大会開始当初、一体誰がこの結果を予想したでしょうか!』


 シャッティは駆け足で俺のもとに寄ってくる。


 俺は笑顔のまま左手を上げた。

 シャッティは右手を上げ、俺の手のひらを叩き、パンと乾いた音が響いた。


「アルっち!! やったよ、やったんだよわたしたち……!」

「ああ、優勝おめでとう、シャッティ!」


 俺がそう言うと、シャッティは涙を堪えるような顔を見せて抱き着いてきた。


「ちょッ!?」

「違うよぉ! アルっちのおかげなんだよぉ……。わたしがここまでこれたのも全部、全部アルっちのおかげ……だから、ありがとう……! 君は最高のペアだよ!」

「シャッティ……」


 涙を流しながら笑うシャッティの頭に手を乗せる。

 俺はその手でわしゃわしゃと頭を撫でた。


「わわっ……! もう、えへへ……」


 あ、今なんか来た。

 なんか俺の心に何かが突き刺さったというか撃ち抜かれたというか、アレだ。


 犬、犬だこれ。犬相手してる気持ちだこれは。


『これより優勝者による授与式と会見が行われます! 興味がある方は是非、残って見て行ってください! 以上、実況は私、セルティーがお送りしましたっ!』


 俺たちは祝福の歓声を浴びながら、授与式に参加した。






□■□■□






 授与式が始まり、目の前には主催者であるビストラテアの王――獣王バルドロフが立っている。


「では、アルヴェリオ選手、シャール選手。陛下の前へ」


 俺たちは並んで獣王のもとに進み、片膝をつこうと屈む。だが直前に獣王に勢いよく肩を掴まれ止められてしまった。


「そう硬くなるな! 楽にして良い!」

「は、はあ……」


 俺は言われた通りに楽な姿勢で立つ。

 その様子を見た獣王は満足げに頷いた。


 リヴェリアの時は面識がなかったから、獣王がどういう人物なのかよくわかっていない。

 人々の噂とかイメージなんかでは悪い話は聞かなかったんだけど、どうやら本当らしいな。


 見た目は完全に獅子だ。獅子の獣人。

 強面ではあるけど、優しそうないい王様じゃないだろうか。


「では、望みを聞こう! アルヴェリオにシャール、お前たちは何が望みだ?」


 シャールが左肘で俺の脇腹を優しく突く。

 俺はシャールに感謝しながら、望みの物を口にしようとしたその時だった。


「お待ち下さい!」


 舞台に一人の魔術師が現れる。

 深刻そうな顔をして運営の者に何かを伝えると、その運営の者が慌てだした。


 観客たちも良からぬことが起きているのではないかという考えを察したかのように騒めきだす。


 俺もシャッティも訳が分からないまま、目を合わせて首を捻る。


「陛下! 即刻授与式を中止致しましょう」

「何故だ! つまらん理由だったならばお前の首を刎ねる!」

「その者たちと戦ったピアヌスとパプリアが死亡致しました。この者たちが死に関与している可能性が高いかと」


 俺とシャッティは揃って言葉を発した。


「え……?」


 あんなに晴れていた空は、雲に覆われて薄暗くなっていた。

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