第七十一譚 一閃必殺


『“味方殺しのトラッパー”シャールさん!』


 実況者の声が闘技場内に響き渡る。


 ほんの数秒の間、場内は静まり返る。

 だが、その後はシャッティを蔑むように会場中がざわざわと騒がしくなる。


「味方殺しの……トラッパー?」


 俺は実況者が放った言葉を口に出していた。

 その言葉を聞いたシャッティは、びくっと肩を震わせると下を向いて黙ってしまった。


『いやあ、まさか今年も出てくるとは思いませんでした! ペアの方は知っていて組んだんですかね? それとも知らずに騙されたとか? どちらにせよ、今年もここに出ようと決意したシャールさんは凄いですね……!』


 俺はシャッティに近づき、その肩に手を置く。

 触れないとわからない程度の小刻みではあるが、彼女の肩は震えていた。


「なあ、シャッティ。今の――」

「ごめんね! あの人が話したことは全部本当の事なんだ……! あはは……知られちゃったからにはペア解散だね、ごめんね……! 騙すつもりは――」

「何言ってんだお前は」


 シャッティの肩を掴み、俺の方にぐっと近寄せる。

 俺は彼女と視線を交わす。彼女は驚いたのか、目を丸くしながら俺を見ていた。


「予選が終わったら詳しく聞かせてもらうからな」

「えっ……?」


 予想外の言葉に驚いたのか、シャッティは耳をぴんと立てながら素っ頓狂な声を上げた。


「な、なんで――」

「とにかく、この予選勝つぞ」

「う、うん……」


 味方殺し? 上等。

 こっちは二度も命失って、大事な仲間を見殺しにした男だ。


 本当の事だろうと何だろうと関係ない。

 シャッティの夢を叶えさせてやりたいから、俺は彼女とペアを組んだ。


 それ以上でもそれ以下でもない。

 

 それに、シャッティは望んでそんなことするような奴じゃない。

 もしもそんな奴だったら、泊まる場所を用意してくれるはずないし、寝静まったころに殺しに来てるはずだ。


 きっと何か事情があるはずだ。

 

『さて! それではそろそろ予選グループAの試合を開始しましょう! 選手の皆さんは好きな場所に移動してくださいね!』 


 実況者の言葉に、選手たちは各々好きな場所に位置取る。

 

 舞台の大きさは、今いる二百人をゆったりと寝かせても余裕がある程度の広さで、四角形の形状をしている。


 俺はシャッティの手を引いて本部よりの角に位置取った。


「ね、ねえ……アルっち……」

「ん? どうした?」

「……ありがとね。何も聞かないでくれて」


 恥ずかしそうに俺から目を逸らすシャッティは、もじもじしながら言葉を発した。

 俺はそんなシャッティの頭に手を置くと、そのままわしゃわしゃと撫でた。


「わわっ! な、なに?」


 俺の行動に戸惑いながらも、シャッティは黙って頭を預けてきた。


「別に気にするなって。それに、予選が終わったらちゃんと聞かせてもらうからな? だから今は普段通り戦ってくれればいい」

「でも……それじゃあアルっち――」

「なんだ? 優勝するんじゃなかったのか?」

「し、したいよ! でもわたしは……」

「なら本気で戦え。大丈夫、こう見えても俺、結構凄いんだぜ?」


 シャッティは笑いをこらえきれずに小さく吹きだす。

 彼女は微笑みながら、俺の隣まで歩いてきた。


「なーにそれ。自分で言っちゃうの?」

「おう、だから任せとけ」

「……うん。わかったよ! 思いっきりいくね!」


 俺たちはそのまま開始の合図を待つ。


 会場内にわずかな静寂が流れる。

 選手たちは照りつける日差しにより、汗を流す。


『では参りましょう! 予選グループA! 試合――』


 選手たちが武器を構える。

 そして次の瞬間、会場内は大きな歓声に包まれる。


『開始ですッ!!』


 その合図と同時に、選手たちが一斉に動き出す。


「へへへっ!! まずは“味方殺し”を沈めるぞ! 巻き添え喰らうのはごめんだからなぁ!!」


 直後、選手の集団が俺たち目掛けて突っ込んでくる。


 漫画とかでもこういう展開はよく見かける。

 試合前から選手たちで手を組み、邪魔な奴から蹴落としていくという手法。


「あ、アルっち……! 狙われてるよ!?」

「俺の後ろに下がっててくれ。一瞬で終わらせる」


 俺はシャッティの前に立ち、向かってくる奴らに長剣を突き出した。


「ちっ! ペアの奴を叩き落せ! “味方殺し”はその後だ!!」


 大方、今叫んだ奴が首謀者なんだろう。

 こういうのもありがちな展開だ。

 

 でも――


「やっちまえ!!」

「悪いなにいちゃん! 恨むんならそのお仲間を恨むんだな!!」


 選手の集団が俺に向かって武器を振り下ろす。

 

「アルっち!」


 一閃。

 選手の集団を薙ぎ払うように一筋の線が描かれる。


 直後、俺目がけて武器を振り下ろそうとしていた選手たちが一斉に倒れ込んだ。


「……は?」

「えっ、えっ? アルっち……!?」


 俺は長剣を軽く振り、首謀者に向かって手招きをする。


「こういうのって……ほぼ一瞬でやられるのがお決まりなんだよ。ほら、かかって来い。相手してやる」

「わぁ……! アルっちってほんとに凄いんだ……」

『な、なんということでしょうか! アルヴェリオ選手、二十人あまりの集団も一振りで残り四人!! まさに一撃必殺いや一閃必殺!! とんでもないダークホースが現れましたぁーっ!!』


 直後、闘技場が震えるぐらいの大きな歓声が響き渡る。


 他の選手たちはその歓声を受けて俺から距離を取る。

 向かってきそうな奴も何人かはいそうだけど、これは簡単に予選突破できそうだな。


「シャッティ! もう戦っていいぞ!」

「う、うん! でも、わたしトラッパーだから罠仕掛けないと……!」

「……罠?」


 俺は辺りを警戒しながらシャッティのもとへ戻る。


 俺が近づいたのを確認したシャッティは、肩から下げているバッグから道具を取り出した。

 それは、少し前に見た円盤型のガラクタのような物だった。


「これって……」

「うん、魔導式火炎爆弾だよ」

「爆弾……ってことはつまり、地面に仕掛ける感じのアレか?」

「そう、これを仕掛けて回って相手をはめて倒す――それがわたし、“罠師トラッパー”の戦い方だよ!」


 そう話すシャッティの表情は、なんだか生き生きとしていた。


 もしかしてシャッティが味方を半殺しにしたのって……そうか、そういう事だったのか。

 なら――うん、そうだ。これは使える……!


 ひょっとすると、俺たち強いかもしれない……! 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る