第七十譚 武闘大会予選当日


 グループAの控室に、受付係の声が響き渡る。


『まもなく、武闘大会予選グループAの試合が開始されます。準備が整い次第、選手の皆様は入場口前にてお待ちください』


 このアナウンスは通信魔法によるものらしく、本部の親具から闘技場のいたるところに設置された子具を経由して声が通信されるという仕組みだ。

 あらゆる分野で使用される通信魔法は一種の革命みたいなものだな。

 

 これを生み出した『イラディエル』ってのは本当に凄いと思う。

 たしか魔法地図を生み出したのもそいつだったよな。


 間違いなく、この時代を代表する魔法使いだって事は確かだ。


「シャッティ、準備できたか?」

「ごめんね! もう少しだけかかりそうなんだよー……」

「あんまり慌てるなよ?」


 グループAの出場選手たちが続々と控室を出ていく。

 そんな中、俺とシャッティは未だに控室を動こうとしなかった。


 俺の準備は終わってる。元々準備する物なんて何もないしな。

 では何故動こうとしないのか?


 シャッティ待ちだからだ。

 先程から、シャッティは肩に下げているバッグから色々な道具を取り出して何かの作業をしている。

 その道具は殆どが見た事も無い形状で、どんな風に使うのかもさっぱりわからないような物ばかりだ。


 何をしているのかと尋ねても、最終確認だの修理だのと言われる。

 

 そもそも、昨日会ったばかりだからシャッティの戦い方が全く分からない。

 今はもの凄く集中してるみたいだから、聞こうにも聞けないし。


 勿論、これが終わったら聞くつもりだけど、聞いてる暇があるかどうか。

 だってもう俺たちしか控室に残ってないもんね!


「――できたぁ! ごめんアルっち! 思った以上に修理に時間掛かっちゃって……」

「いや、いいよ。とにかく俺たちも入場口前に向かおう」


 俺たちは控室を飛び出すと、案内板に従って入場口に急ぐ。


「一つ聞いていいか?」

「いいよ?」


 通路を道なりに進み、突き当りを左に進む。


「シャッティはどんな戦い方するんだ? 知っておかないと連携とか取りづらいから聞きたかったんだけど」

「えっと、わたしはね――」

『只今より、武闘大会予選グループAの試合を開始します。選手の皆様は舞台に入場してください』


 受付係のアナウンスが響き渡る。

 開始の合図だ。


「とりあえず急ぐぞ!」

「う、うん!」


 俺たちは入場口向かって走り出す。

 入場口はそこまで遠くないから、このペースで行けばあと数秒で着く。


「よし……! なんとか間に合った……!」


 俺たちは出場選手の最後尾に並ぶと、出場の時を静かに待った。






□■□■□






『さあ、皆さん! 今年もこの季節がやってきました! ビストラテア名物、武闘大会! 只今より開、催、です! 実況は私、獣人族が誇る実況者ダスティーがお届けします!! 相方は現在遠征中でいませんが、頑張ります!!』


 太陽の日差しが舞台にいる選手たちを照りつける。


 舞台に入った俺たちグループA――総勢二百人。

 実況者の話を聞かされながら、戦いの時を待つ。

 

 正直、俺としては実況者の話はどうでもいいからさっさと始めてもらいたい……。

 暑くて死にそうだ……。


『予選を始める前にサラッと、ルールを確認させていただきます! 今大会は二人一組によるタッグ戦形式で、予選を勝ち抜いた八組が本選へと進出できます!』


 俺は闘技場内をぐるっと見渡す。

 やっぱり有名な大会だけあって観客の数が凄い。どこを見ても空きの席なんて見当たらない。全部埋まってる。

 たしかこの闘技場は四十万人は座れるらしいから、立ってる人達を合わせるとすごい数になりそうだな……。


『試合上のルールは、舞台から落ちた時点で失格。相手を殺すのは絶対に駄目です! 予選は各グループの最後まで舞台に残っていた二組が本選出場となります!』


 大丈夫、ルールについては五十年前と変わりない。

 落ちたら負け、戦えなくなっても負け、殺しても負け。

 とにかく舞台に残っていた奴の勝ちだ。


「ねえねえアルっち」

「どうした?」


 突然、シャッティが俺の服の袖を掴んで引っ張る。

 俺が問いかけると、シャッティは俺の目の前に立った。


「わたしの戦い方、まだ教えてなかったよね?」

「あ、すっかり忘れてた……! 悪い、今話してくれるか?」


 俺がそうお願いすると、シャッティは一度微笑んでバッグの中から一つの道具を取り出す。


 その道具は、薄くて円盤の様な形をしており、真ん中部分が少しだけ分厚くなっている物だ。


「これは?」

「これがわたしの武器だよ、アルっち!」


 俺はシャッティの言葉に疑問を感じる。

 武器というにはあまりに小さく、効果もなさそうな――言ってしまえばガラクタのような物にしか見えない。

 これでどうやって戦うというのだろうか。


 そんな時、周りから囁きが聞こえてくる。


「……ねえ、あれって」

「ああ……あいつが噂の……」


 そう囁く者達の視線はシャッティを向いており、何か蔑むような視線をぶつけていた。


 いつの間にか俺たちの周りには人がいなくなり、シャッティを見てひそひそと喋る奴が多くなった。


「なあ、シャッティ――」

「気にしないで!」


 俺の言葉を強引に遮ったシャッティは、どこか遠くを見つめるような目をしてツラそうにしていた。


『おや! グループAには有名人がいるみたいですね! 過去三大会で全て同じ結果に終わった伝説の人が!』


 実況者の言葉に、会場中の視線がシャッティに集まる。

 俺は何が何だかわからずにシャッティを見つめる。


『三連続予選落ちの挙句、三度もペアの相手を半殺しにした有名罠師――』


 シャッティの顔色が徐々に悪くなっていく。

 俺は実況者の言葉を再度頭の中で繰り返した。


 三連続予選落ち。ペアを半殺し。


『“味方殺しのトラッパー”シャールさん!』


 俺はその言葉が理解できなかった。


 

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