第六十譚 神殿攻略①

 

 “翡翠の神殿”は、指輪を持つに相応しい者かどうかを見分けるために多数のトラップが設置されている。


 トラップと言っても、そんなに安全な物じゃない。

 前に来たときは一度死にかけてもいる。


 何が言いたいかというと、ここのトラップは全て即死効果持ちだ。


 足元のスイッチを踏めば、四方八方から隙間なく翡翠の棘が伸びてくる。

 壁のスイッチなんかを押せば、その通路の床が抜け落ち、真っ暗闇の中に落ちていく。

 そんな感じのトラップがあちこちに設置されているという訳だ。


 一応、前に来た事もあるおかげか、トラップの位置は大体覚えている。

 でも、安心はできない。

 まだ見ぬトラップがあるかもしれないし、忘れているトラップだってあるかもしれない。


 何が起こるかわからない場合、気を引き締めていかないと――


「リヴァー!!」


 後ろの方から俺を呼ぶ声がする。

 振り返ってみると、怪しい紐を持ったアザレアが立っていた。


「これ壁から出てたから抜いたんだけど、凄く怪しいと思わない?」

「怪しいならなんで抜いた!?」


 突如、神殿内が揺れ始める。

 俺達の後方の天井が開き、鉄球が落ちてくる。


「……アルヴェリオ。これってもしかしてなんだけど」

「凄く……危険なのでしょうか?」

「……さあ、逃げましょ!!」

「アザレアお前ェェェェ!!」


 俺達は全力で走り出す。

 ゴロゴロと重く転がる音が聞こえてくるが、そんな事は気にせずに前へ走る。


 あんな鉄球に潰されたらひとたまりもないぞ。

 だから言ったんだ。アザレアは探索において信用できないって!


「とにかく! 次の角を左だ! 左に曲がれば近道に続く小部屋がある!」


 数十メートル先の突き当りを指さし、俺達は鉄球に踏みつぶされるすんでのところで左に曲がった。

 鉄球は鈍い音を出して壁と衝突し、静止した。


「た……助かった……」


 全員が息を切らし、地面に座り込む。

 そして、俺を含む三人の視線がアザレアに向けられる。


 アザレアは申し訳なさそうに苦笑しながら、


「……こんな事もあるわよ。気にしたら負け」

「なあこいつトラップのど真ん中に置いてきていいか?」


 許すまじアザレア。

 あれほど気を付けろと言ったのに、探索開始早々トラップに引っ掛かるとかどんな神経してんだよまったく。


「アザレア、お前俺の横な」

「は? どういう事?」

「俺はそれが良いの」


 後ろとか前で下手な行動されるよりは横で歩いてもらった方が楽だ。

 その方がアザレアの行動を監視できるからな。


 これ以上勝手にトラップを作動されまくると困るんだよ……。


「そ、そう? アンタがそう言うなら仕方ないわね。隣歩いてあげる」


 アザレアは早足で俺の隣に並ぶと、同じ歩幅で歩き始めた。


 そんなアザレアの頬は少しだけ紅く染まっていた。


「? なんだアザレア、熱でもあるのか?」

「は? なんでよ?」

「だってお前顔赤いぞ」

「は、はあ!? 赤くないわよ!」


 そう話すアザレアの顔は益々赤くなり、慌てふためく。


「お前本当に熱でもあるんじゃないか?」

「アル様、あまりアザレアさんをいじめてはいけませんよ?」


 セレーネは微笑みを浮かべながら言葉を発した。

 それに便乗するように、アザレアが声を上げる。


「そうよ! セレンの言う通りだわ!」

「いや別にいじめてないだろ……って、セレン?」


 アザレアの言葉に、俺は少し引っかかった。


 今アザレアが呼んだセレンってのは、セレーネの事だよな。


「ああ、アタシが勝手に呼んでるのよ。セレーネって呼ぶよりセレンって呼んだ方が早いでしょ?」

「いえ、私は嬉しいですよ? 誰かに仇名を付けてもらったのは初めてですから……」


 そう話すセレーネは、本当に嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「へえ……仇名かあ。なんか良いよな、仇名って。俺もセレンって呼んでいいか?」

「いいえ、アル様は駄目です」

「会心の一撃! 俺の心は傷付いた!」

「ふふっ、アル様にはそのまま呼んでいただきたいので」


 セレーネは悪戯な笑みを浮かべながら俺を見る。

 その表情に、俺は一瞬目を奪われた。


 なんだろう、最近変だな。

 時々セレーネの行動にドキッとする事が多くなった。

 この感覚は一体……。


「皆、いいかい? 全速力で小部屋まで走るんだ」


 ジオの声が震える。

 不思議に思った俺はジオのいる後方を振り返る。


 その瞬間、俺はジオの言葉を悟った。


「おっと……。これまたピンチかな?」


 先程まで静止していた鉄球がひとりでに動き出していた。

 こちらにゆっくりと向かってくるそれは、徐々にスピードを上げて転がってくる。


「走るんだ!!」

「またアザレアなんかしただろ!?」

「アタシ何にもしてないわよ!!」

「話してる暇があるのなら走ってください!!」


 俺達は小部屋目掛けて全力で足を動かす。

 鉄球との距離は少しづつ縮まってきていて、小部屋までぎりぎり間に合うか間に合わないか。

 

「あと少し、もう少しだよ!」


 俺達と小部屋までの距離はほんの数メートル。

 

「アザレアとセレーネから先に入れ!! 俺達二人は後から入る!」

「は、はい!」


 セレーネが入り口の扉を開けると、アザレアと共に中に入っていく。

 鉄球はもうすぐ後ろまで迫っている。


「ジオ! 早く入れ!」

「でもアルヴェリオ! 君は!?」

「いいから早く!!」


 ジオを小部屋の中に押し込み、俺も中に入ろうとした瞬間。

 

「アル様!!」

「あ」


 鉄球が、俺の背中を捉えた。

 俺は咄嗟に目を瞑り、腕で防御する姿勢をとった。


「アルヴェリオ!?」

「リヴァ!!」


 不思議な事に痛みを感じなかった俺は、ゆっくりと目を開ける。

 仲間たちの声と共に、何も見えない暗闇の空間が目に映った。


「アル様が……消えた……?」

「つ、潰されたのかい……?」


 仲間達が不安そうな声で消えただの潰されただのと言葉を発する。


「いや、生きてるんだけど」

「リヴァ!? 無事なのね!?」

「鉄球の中から声が……」


 俺は試しに一歩ずつ前に歩いてみる。

 何にぶつかる訳でもなく、俺は見知った通路に出た。


 後ろを振り返ると、確かにそこには鉄球が壁にぶつかって静止していた。


 俺は手を伸ばし、鉄球に触れた。

 しかし、俺の手は鉄球を捉える事無くスッと貫通する。


「……は?」

「あれ? これ鉄球の映像みたいだね」

「……つまり、アタシらは騙されてたって事?」


 その後すぐに鉄球は粒子になって消えた。


 その時、俺はこれを造った奴らに初めて殺意を覚えた。

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